31.オフショット
「はーい、おっけー。良く撮れてるよー」
休日の朝一番、僕たちは空き教室で撮影をしていた。
床には黒マジックの魔方陣がまだ残っている、その中央あたりに白崎は――臼裂くのらは立ち、物憂げな表情を浮かべていた。演技下手なのに中々どうして味のある顔だ。
「その棒読みなんとかならないの?本当に良いか不安なんだけど」
表情を崩し、眉をひそめている。
「いやだって撮れる撮れない以前にカメラがさ……これだし」
薄いカメラをひらひらと振り、気まずそうに表情を固めた。
「仕方ないでしょ。予算がないの、機材をレンタルしたところで使いこなせる?スタッフを雇うわけにもいかないでしょ、だって私天使だし。苦肉の策なのよ、分かったら文句言わない!」
「へーい。けどさ、スマホはないだろスマホは」
薄型カメラさんことスマートフォン、お金のない僕たちの持てる精一杯の撮影機材である。
Q.どうして十万人記念オリ曲制作がこんなに極貧なんですか?
A.ペース配分を間違え、有名作曲家qedに依頼した結果予算の大部分が消えたから。
ミリオン再生をぽんぽん出す新進気鋭のアーティスト、安いわけがなかった。
「スマホも立派な機材だよ。最近だと、それでMVや映画を一本撮影するプロもいるらしいし」
部屋の陰からひょっこり顔を出し、土井は語る。
彼女の手には一冊の紙の束が持たれており、スマホをこちらに渡すよう手招きで伝えてくる。
「そう!スマホだって機材!通用する絵が撮れるはず!」
「それ界隈を大きくしようと画策するオタクのデマじゃないのか?」
「どういう陰謀論?」
土井は片手にスマホ、もう片手に紙束を持ち、何度も見比べて再生していた。
あの紙は白崎が切った絵コンテで、MVをどう作るか、どう撮りたいのか書いてある。
「よくスマホ一台でVTuberデビュー!っていうやつ、あるだろ」
「ああ……まあ、間違いではないけどってやつね」
成功した実例をいくつか知っているからあまり強くは言えない。
始めやすさが格段に違うし、配信とはどういうものかということを学べるから一概に悪くは無いし、むしろ良い部分の方が多いのだがまずい余計なこと言いそうこれで終わりにしとこ。
僕が撮影。
白崎が演者。
土井が監督。
という具合に、MVの取り方が分からないなりに手探りで撮影していた。
土井は周囲のプロに任せていた部分もあって、こういうMV制作には慣れていないらしく、記憶を頼りに指揮してくれている。
「うん……これで大丈夫。次の撮影場所に行こうか」
「よしっ!一発オーケー!私ってば演技の才能あるのでは!?」
「黙れ大根、僕の撮影が完璧なんだよ。はー編集技術がこんなところで生きるんだなー」
「スマホさんざんdisってたのによくそんなこと言えるね」
「おおん?」
「ああん?」
「はーい撤収撤収。人払いが切れる前に早く逃げるよー、魔界規約は破りたくないからねー」
「「へーい」」
土井が僕たちを横切り歩いていく。生活を共にするにつれて、扱いが分かってきたようだ。
彼女の後ろを二人で追いながら、ずっと気になっていたことを聞く。
「魔界規約とか天界規約ってなに?」
白崎と土井はなにを今更と言わんばかりの表情で驚いている。
ちょいちょい彼女らの会話で出てくる規約の話、こっちにいるための約束ごとなんだろうとふわっとした理解は状況推察でしていたが、それがいったい何なのかは全く分からない。
「土井、説明してなかったの?」
「てっきりあなたが言ってるものかと」
白崎がわざとらしく咳払いをして、説明する。
「規約というものは魔界や天界から人間でない者が出入りする際に必ず守らなければいけない法律のようなもの。魔界からこちらにやってきた悪魔には魔界規約が、天界からやってきた天使には天界規定が適用される。似た名前だけど二つの内容はかなり違っていて、まあ細かいところの説明は面倒だから『悪魔らしくあるための魔界規約』『天使らしくあるための天界規約』だと思ってもらえればそれでいいかな」
「さっき私が注意してたのは魔界規約の『いたずらは大胆であれ』に反するからだよ。こそこそいたずらなんて悪魔的じゃないし」
「そんな意味分からない感じの規約なんだ!?」
「あるある『異種族に恋してはいけない』ってあるのに『異種族を愛さなければならない』って規約もあってどういうこと?みたいな」
「大変なんだな人外って」
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