21.一緒に食べる

「わあ」

 昼休み、弁当箱を開いた土井が小さく感嘆を漏らす。

 弁当の半分はおにぎり、もう半分は晩の残りと冷食、後は適当な野菜。

 朝食に力を入れたせいでかなり簡単に作ったのだが、そこまで喜ばれるとこっぱずかしい。

 彼女の少し上がった口角を横目で見て、もっと頑張ればよかったと少し後悔する。

「嫌いなものあったら言えよ。残していいから」

「ううん、全部食べる。美味しそう」

 照れ隠しにも臆せず答えることに驚いて、じっと見てしまう。

「なに?」

「お前は見かけによらず裏表がないなと思って」

「そうかな」

「胡散臭いビジュアルとはかけ離れた性格、素晴らしいギャップだ。ごちそうさまです」

「なんかそれ違うくない?」

 違うくない。


「裏表だと激しい人がいるよね、身近に」

 土井の目線の動きを追って、騒がしい教室の渦の中心を見る。

 数名と机をくっつけ楽しそうに話す、優等生白崎の姿はそこにあった。階層分けされたコミュニティのうち上位層に位置し、クラスの中で大きなコロニーを形成している白崎さん。

 夜な夜なネトモと人を撃つゲームをライブ配信しているとは思えないコミュ力と人望である。

 天は二物を与えずと言うが、こいつには二物以上与えているではないかと憤ったものだ。

 しかし最近気が付いた、こいつ天そのものじゃん、と。

「今から錬村に取材していい?」

「いいぞー」

「白崎のどんなところが好き?」

「げっほえっほぐえっほ!お、お前は急に何を言い出すんだ」

 盛大にむせて机に米粒をばらまいてしまった。

「裏表の激しい白崎は親しいあなたから見てどんな人か知りたくなったの。自然な流れ」

「どこがだ」

「じゃあどんなところが嫌い?」

「……そうだな。朝は起きない、飯は作らない、準備は自分で出来ない、片付けも出来ない、家事全般出来ない、サムネ切り抜き事務作業も出来ない、そのくせ外面は良いところかな」

 おにぎりの残骸を片付けつつ話す。

「そんなに嫌いなんだ……なんで一緒に活動できてるんだろう」

「今世紀最大の謎だな」

「すごいって思える部分は無いの?」

「VTuber続けてることかな」

 即答に土井は目を丸くして、僕は続ける。

「これを活動者じゃない僕が言うのは失礼かもだけど、日に一人始めて一人辞めるくらい入れ替わりの多い界隈で三年続けるってのは最早狂気だろ」

 同時期に始めた連中が辞めていったり、自分より伸びて関わりが薄くなった人がいたり、最近始めた新人に追い抜かされたり。シビアな競争の中に身を投じている彼女は僕以上に焦燥感や危機感を肌で感じていることだろう。

 今の地位に甘んじることなく食らいつき続けた結果、『臼裂くのら』がここまで成長できた。

 たった一人で、ゼロから始めた点は褒めるべきだ。

「本人には言わないけど、あいつがいつ企業に転生したいって言っても受け止めるつもりだぜ」

「辞めないよくのらは」

「そうかね。最近僕はひやひやしてるよ」

 主にオリ曲の件でな。そうからかうつもりで口を開きかけ、止める。

 土井は澄んだ瞳で睨むように白崎を見ていた。

「うん、絶対辞めない。くのらは錬村を裏切らない」

「嬉しいこと言ってくれる」

「だから、」

 彼女の視線は僕へ、微笑まれながら睨まれる。

「錬村もくのらを裏切らないで」

「言われなくても」

 釘を刺されてしまった……これは多分、おとぎ話にけりをつけろということだろう。

 全く、簡単に言ってくれるな。


 猫被りのお上品な白崎とは対極的な立ち位置にいる土井。

 裏表はないけれど、言葉数が常々足りず、人付き合いが得意なタイプではない。あいつを渦とするなら彼女は無風帯、騒々しさとは無縁の土井は教室の隅で黙々と食べている。

 穏やかな風が短い黒髪を揺らし、隠れている少し赤い耳がちらちらと覗かせた。

 ぴたりと隙間無く近づけられた机、窓際が土井で教室側が僕。

 甘く柔らかい香りが隣からしてきて、昨晩のことを思い出し、思考を振り払う。

 我ながら不釣り合いな立ち位置にいるよなあ。

 土井は隠れファンがいるらしいし、依頼者と作曲者の関係性が見えない周囲からはさぞ不自然に見えるだろう。

「土井って誰かと一緒にいることなんてあるんだ。そういえばとなり誰なの?」

「なんで一緒にお弁当?というか弁当の中身も一緒だし。というかとなり誰」

「あんな風に笑うんだ土井さん、意外といい人なのかも。となり誰だよ」


 周囲からひそひそと声が聞こえる。

 違うんです、そういうのじゃないんです、信じてください。

 というか僕の認知度低いな……いやいいんだけど、全然気にしてなんかいないし。

「どうしたの?」

 分かりやすく落ち込む僕の袖を引き、小首を傾げる。

「ビジュってやっぱ大事だなと……リアルでもバーチャルでもね、没個性は目立たないからね」

「あー落花生とかコアラとか目立ってしょうがないよね」

「可愛いイズ正義の話をしていたんだけど!?」

 「可愛いと思うんだけど」と土井は不満を垂らし、唐揚げを小さな口でかじる。

 その様子をまじまじと見て、先日彼女が発した文言を思い出した。

「ご飯中は喋っちゃ駄目なんじゃないのか?」

「……うるさい」

「急に暴言」

「誰かと一緒に食べるとき、話した方が楽しいってこと、最近……というか今朝気付いたから」

 気まずそうに、照れ恥ずかしそうに土井は告げる。

 そっか……なるほどな。

「へーはて。今朝何があったかな」

「本気で言ってるの?」

「冗談だよ、僕のご飯で思考が変わったのならコック冥利に尽きる」

 聞こえない声で「錬村と一緒だったからだよ」と呟き、顔を真っ赤にして俯いた。

「やっぱ変更。話しかけないで」

「せっかく仲良くなれたと思ったのに!

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