22.ばぶ
「ごちそうさまでした」
土井は米粒一つない空になった弁当箱を前に手を合わせる。
丁寧な手つきで蓋を閉じ、風呂敷をきちんと結ぶ。
「残さず食べれてえらい」
「私を何歳だと思ってるの?」
「くしゃみで助かる文化圏で生活していると人を褒める癖がついていてだな」
「気持ちは分からなくはないけど」
土井はまんざらでもない表情をして、膝の上で両手を交互にぱたぱたとさせている。
褒められること自体は嬉しいらしい。
「人を褒める癖……でも白崎には厳しいよね」
「そんなことはない、コメント欄では常に慮っている」
「へー」
あまり信じていない相槌だな……ここは一つ釈明を、
「まあなんだ。画面越しでは許せても、いざ面倒を見るとなるとそこそこ腹立つってことだな」
「何も言ってないのに白状した」
「赤ちゃんの動画を『わーかわいいー!』って見られても、いざ一緒に生活するってなったらしんどいだろ?あれだ」
「すごい分かりやすくなった。じゃあしょうがない」
理解が早くて助かるよ。
「白崎は赤ちゃんなんだね」
「ちょっと待て。その認識に間違いはないけどちょっと待て」
「待ちます」
「白崎には言わないでくれ。『赤ちゃんだから学校行かないし朝起きませーんばぶー』って拗ねられる可能性がある」
「うわ……」
ドン引きさせちゃった。
けど世には赤ちゃんになりたい成人男性がわんさかいるわけだし。白崎が赤ちゃんになりたいといつ言い出してもおかしくはない、いや状況はおかしいんだけど。
「今日は赤ちゃんの面倒みなくても大丈夫?」
「その呼び方浸透させようとしてない?さすがに幼馴染として看過できないよ?」
「……白崎は今日配信あるの?」
「無いな」
「じゃあ放課後は?」
「あいつの予定を把握してるわけないだろ」
「そうじゃなくて、」
土井はこちらを指差す。なんだ、僕が放課後空いてるのかを聞いていたのか……えっ?
「ま、まさか私めの予定を聞いておられるのですか」
「口調おかしいよ。変なこと考えてない?」
「推しに今日の予定を聞かれて動揺しないでいろと!?無理!色々考えちゃう!!」
「デートはしないよ」
「あっ……ソウデスカ…………」
椅子の上で体育座りをし、赤面しながら静かに涙を流す。
ファンと推しとの距離感って大事だもんね。最近ラフに話せるようになり、家に泊まることになって舞い上がっていたかもしれない。平静を取り戻せ、現在が至上の喜びと心得ろ。
「それで、予定は?」
「はい、部活があるだけでその後は何もないです」
「ご飯作ったり、編集したりもあるよね」
「あるけどないに等しいから」
「そっか」
土井は少し考えるそぶりを見せて、「部活休める?」と聞く。
「連絡さえ入れれば、すぐにでも休めますけど」
「じゃあ休んで」
「なにゆえ……?」
「取材、一緒にお出かけしよ」
僕は椅子の上から足を退け、思わず笑みがこぼれる。
「それってデーt」
「デートじゃない、取材」
そんな食い気味に言わなくてもいいじゃないですか。
「取材でもあるし、埋め合わせの意味もある」
「埋め合わせ?」
「曲の話を断ったときの償いがまだだったから」
qedがオリ曲の依頼を断って、後日騙して臼裂と話し合いの場に持ってきたときのアレか。
埋め合わせ云々の話はうやむやになったと思っていたのだが、意外と気にしていたらしい。
「あと嘘ついた分錬村からの埋め合わせも欲しい」
「ややこしい。お互いの埋め合わせを対消滅させるわけにはいかないのか」
「してもいいよ、じゃあこのお出かけの話は無かったことに」
「貸し借りはきちんと清算しないといけないよね!!」
「……じゃあそういうことで」
苦笑気味に彼女は話を終わらせ、席を立った。
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