42.編集再開

 カタカタカタ。

 パソコンに向かい、打鍵とクリック音が虚しく響く。

「…………」

 カタカタカタカタカタカタ。

 暗い部屋の中、耳元では同曲が無限ループし、絵コンテと睨めっこし続ける。

「……………………」

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタ。

 この編集が終われば、何もかもから解放される。

 しかしこの編集が終わるということは、戦の火蓋が切られるのと同義であり、下手なものは作れない。下手なものは作れないが、時間はかけられず、話題になるほどのクオリティに達せられなければ、作戦はその時点で失敗に終わる。

 だから時間をかけて品質を上げたいのだが、そんな時間はないというジレンマ。

 そして脳内にちらつく雑編集でバズっていった曲の数々……こんなに凝っても良いのかと加減の難しさが頬をかすめる。

「…………………………………………寝たい」

 ぼそりと呟き、せき止めていた感情が爆発する。


「ぎゃああああああああ!!うわああああああああああああ!!」

 ひとまずCtrl+Sを押して、背後のベッドに飛び込む。

「寝たいいいいいい!!もう無理もー無理!!一日のキャパオーバーだよ!というか一日が終わりそうだよ!いやもう終わったのか!?分からん!!なにせぶっ続けの編集なので!ツブヤイッターもOutubeも見ずこの時間までやってるので!!」

 部屋に籠ってかれこれ半日、暗い部屋の中ちまちま素材の切り貼りをして、なんか違うと唸りながら、頭を捻りながら編集を続けている。ああ啖呵切っておいて、こんな情けないことになるとは思っていなかった――いや、本当は思っていたのかもしれない。

 動画編集は地味な作業の繰り返しであり、勢いやノリでどうにかなるものでもないのだ。

 あのときはハイになっていた、逆境に燃える少年漫画を連想しておかしなテンションだった。

 二日間寝ずの作業……四十八時間の内十時間足らずでこのザマだ。

 メンタルはすっかり崩壊している。

「もうやだ赤ちゃんになりたい!お姉さんに甘やかされたい!asmrを聞いて寝てしまいたい!」


 ひとしきり手足をばたつかせた後、ぴたりと動きを止める。

「なに言ってるんだろう僕」

 ベッドから起き上がり、椅子に座る。

目の前のパソコンにはやりかけの編集画面が放置され、青白い光を放つ。

「……編集したくねー」

 どうも手が伸びない。

 マウスを持ち、キーボードを操作する気になれない。

 白崎が大切じゃない訳じゃない、あいつが天界に帰ってしまっていいはずがない。

 けれど人間である限り限界というやつはある。


「やるかあ」

 言い訳がましい思考を無理に引き離して、作業を再開する。

「…………だめだ。集中できない」

 五分経たず手はスマホに伸びる。これは気分転換、そう気持ちを入れ替えて新たに編集のきっかけを得るための行為に過ぎない。

 別にサボりなんかではない!


 自分に言い訳をしながらツブヤイッターを開き、推したちや賑やかに活動の呟きをしているのを観測する。時間が時間なので呟き自体は少ない、数時間前の配信開始ツイを見ながら、どんな配信だったのだろうかと思いをはせる。

「ああ潤っていく……乾いた心が復活していくの感じる…………」

 タイムラインをさかのぼり、リツイートを付けていく中、

「あ……」

 一つの投稿を見つけて、にやりと笑う。

 疲れはどこかへと飛び、愉快なものが見れたと気分は高揚する。

 まだまだ夜は長い、編集も二割くらいしか終わっていない気がする、けれどその宣伝一つを見れただけで十分気分が良くなった。肝心の配信はもう終わってしまっている。

「これが終わったら最初に見るアーカイブはこれだな」

 首の骨を鳴らして、肩を回す。

 もうひと頑張りだ。

 視線をスマホからパソコンの編集画面に戻す。

 携帯に映し出された投稿は臼裂くのらのもの。

 かの有名な海外VTuberエレノアウォッチャーとのコラボ配信の予告である。

 まるで前触れの無い、最近の臼裂らしいコラボにタイムライン上では困惑の色が見て取れる。

 僕だけは分かっている。

 このコラボにはきちんと理由があって、脈絡ありきのものだと。

 自分だけが知っている、予想できた展開に――少しだけ優越感を覚える。

その少しの優越感は編集のモチベーションを保つには十分だった。

もっとこんな面白いことを臼裂にはしてほしいから、活動を続けてほしいから。

 手を動かす。

 いままでの思いを込めるように、これからの展望を期待するように。

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