41.最強格
「さて、吾輩たちもやることやらないと」
「やること?」
錬村が隣の自分の家に帰り、白崎の部屋にはえへろろんと家主だけが残る。
やれやれと肩を竦めて、
「意図的に話題を作るなんて余程の天才しかできないと思うのじゃよ。んでくのらちゃんもラムネちゃんそこまでの天才とは思えない」
「失礼じゃないですか?」
「もちろん吾輩も到達してない領域じゃよ。だから球数多めに投げ続けるしかない、一人で投げるよりも複数人で投げた方が良い。最悪なのは『誰の目にも留まらない』こと、興味は持たれなくても一つ知識として持ってもらうってのが重要なんじゃ」
目の前の壁は厚く、高い。多くの人に認知されて破竹の勢いで伸びる身バレを越えて、あの歌が多くの人に知ってもらう必要がある。
臼裂くのら、えへろろん、qed……第一線で業界を走り続ける彼らだが、大きなVTuber界隈での認知度は著しく低い。
なぜなら企業勢が強すぎるから。
企業勢とはその名の通り企業に所属するVTuberの俗称だが、ここでは二つのグループを指す。
冗談ではなくVTuberファンなら知らない人はいない、飛び抜けた二つの箱――彼らは言うなればレジェンド、普通に活動していく中で敵うわけがない者達。
白崎達と比較する数の話をするならかなり悲惨なことになる程。
個々の強さもあるが、大きな企業だから大きな事が出来るという側面もある。
それはアリーナでのライブだったり、フェスという名の博覧会だったり、3Dを使った数多くの企画だったり。企業の方が面白いとかクオリティが高いとかそんな主観的な話ではなく、ひたすらに規模の違いがそこにはあった。
大規模なことをするだけの資本があり、大規模なことを成功させるだけのファンがいる。
要は見られやすい。
面白いことをしたとして、感動する作品を作ったところで、見られる――体験してもらわない限り、その良さが伝わることは無い。
その一番のハードルを有名箱はネームバリューで飛び越えて認知されることができる。
それは活動者以前に箱への信頼、「こんなに面白い人たちがいるのだから、新人も面白いのだろう」「こんな面白いグループなのだから、きっと面白いことをするのだろう」という半ば脳死の受容があった。
初配信もまだなのに登録者が十万人や二十万人に到達できるのはブランド力の賜物である。
無論根底にはそこまで箱を育てた先人やオーディションに合格できた才能ある新人の努力があることを忘れてはならないが。
話題の中心はいつだって彼らで、そんな彼らでも界隈を飛び越えて話題になることは多くない。それだけの知名度をもってしてもできないことというものはあった。
「くのらちゃんの友達にあの企業所属の人たちいたよね?」
「います……けど、全員人間ですね。ただ宣伝を頼むことはできるとは思いますが、『話題作りに貢献してもらう』には事情を話さないと」
「真面目じゃねー吾輩ならその調子で脅すけど」
「企業を敵にはしたくないので」
「それはそうじゃな。でもくのらちゃんには一人おるじゃろ?有名な企業VTuberで、事情通の神様が」
「神……?えっ!?いやいやいや嫌ですけど!というか今敵同士だし!絶対手伝ってくれないですよ!」
百万人登録者数を誇る本物の神様で例のアイドルグループに所属しているVTuber、エレノアウォッチャー。つまり現状打破の適任者。
「そんなのやってみないと分からないのじゃ、別に対立してて気まずいから話したくないとかそういうのじゃないんじゃろ?」
「うぐ、そ、そうですね」
図星を突かれ、白崎は本音が透けないように目を背ける。
それをえへろろんは微笑ましそうに見ていた。
「まあまあ電話するだけしてみたらいいんじゃない?ラムネちゃんが頑張ってる間何もしないのは手持ち無沙汰じゃろうて」
「確かに暇ですね、ちょっと今から掛けてみます。別にあいつの為のとかじゃないですよ、ただ気が変わっただけです」
「急旋回じゃなあ」
分かりやすく態度を変える白崎にえへろろんは目を細める。
スマホの画面を操作し、エレノアとの個人チャットを開く。
そこにやり取りはほとんど無く、彼女から白崎への注意勧告が数件あるだけだった。
意を決して白崎は通話のボタンを押し、耳に当てる。
「じゃあ、吾輩はおいとまするのじゃ」
「えっ!?」
見計らったタイミングでえへろろんは廊下への扉に走りかけ、薄く開く。
「『やることやらないと』じゃよー、吾輩は吾輩のやり方をするのでな」
元気に手を振って去ってしまう。
「そんなあ……」
『なにに対して落ち込んでいるんですか?臼裂様?』
電話口から冷静で合理的な声が聞こえてくる――いや違う、電話をしているはずなのに頭に直接その声は響いてくる。彼女は日本語をまだ話せない、テレパシーのようなものだと白崎は思い出し、結論した。
なんて切り出そうかと少しの時間悩み、声を出さずに自分の唇とつけたり離したりする。
「…………」
『あの?』
エレノアの困惑の声が聞こえる。
考えの整理は付いた。浅く息を吸い込んで「よし」と呟く。
「ああごめんごめん落ち込み過ぎてなに言おうとしてたか忘れてた……けど今思い出したわ。あと一週間だっけ、私が現世を去らないといけない期日。あんたたちの不手際で事が大きくなってしまったあの件についてちょっと話しておきたかったの」
嫌味たっぷりに、錬村の腹立たしい口調を思い出して言葉を紡ぐ。
『……何が言いたいんでしょうか』
「腹立ててんのよこっちは。詫びもなければ釈明もない、自分たちが代替不可能な役割だからって胡坐かくなってんの。自動措置だかなんだか知らないけど、そんな言い訳で通ると思わないでくれる?」
『切っていいですか』
「逃げないでくれる?さっきまではただのクレーム、ここから本題……私たちはあんたの用意した逆境になんとか抗おうとしてる。色んな人の手を借りて事態を立て直そうとしてる。その手伝いをしてもらえないかな?手伝いをしてくれたなら、あの不手際は手打ちしてあげる」
『はあ』
呆れたようなため息が脳内に直接聞こえる。
無言の数秒。
険悪で気まずい空気がピンと張って、話し合いが出来るような空気感ではなくなる。
エレノアの態度からして、もう交渉は決裂――したかのように見えた。
『それを出されると痛いですね。あれは不慮の事故でした、けれど過失は私にあります。手伝えることならなんでもしますよ』
「……いま、なんて」
『ですから手伝うと、それでなにをすればいいんですか?スケジュールを変えるなら早い方が良いので、教えてください』
その言葉を聞いて白崎は両手を上げた。
片手にはスマホを持ったまま、どういう原理かエレノアの声は聞こえない。
「よっしゃっ!!」
その手を振り下ろし、身をかがめるようにガッツポーズをする。
白崎の瞳孔は開いている、ぱやぱやと頬は赤く、口角はどうしようもなく上がっている。
無理だと思っていたことが成功する瞬間――たまらなく嬉しい、嬉しくて仕方がない。
「ふふふ」
気味の悪い笑い声を漏らし、スマホを耳にぴたりとつける。
「ごめん嬉しくて、嬉しみの舞してた」
『聞こえてましたよ全く……一応釘を刺しておきますが、例の件、あの少年にはきちんと話してください。臼裂様がどれだけ足掻こうと彼がいる限り思う通りにはならないのですから』
「分かってるっての。テンションの下がること言わないでくれる?」
『気分の高揚する忠告なんてありません。それで私はなにを手伝えばいいんでしょうか?』
待ってましたと言わんばかりに、にやりと笑って白崎は告げる。
「コラボしよう!」
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