ボイスを録ろうっ!!

1.意外に人外のいる世の中

白崎しらさきさんちょっといい?ここの問題が難しくて……」

「なになに……あーここ私も分かんないやっ!後で一緒に先生に聞きに行こ?」

 昼休みの教室内、爽やかに笑いかける白崎と彼女の友人たちとの会話をぼーっと眺めている。

 白髪に丸眼鏡、スカートを折る等の改造も施されていない制服を身に纏う。

 白崎は絵に描いたような優等生である。

 クラスメイトからはもちろん、教師陣の信頼も厚く、文武両道の委員長――それこそ皆の知る白崎の姿だった。

「今日も猫かぶりに精が出るなあ」

 僕と白崎はマンションの隣室に住む幼馴染だ。

 白崎はVTuber『臼裂くのら』としての活動を三年続けており、僕は彼女のサポート役である。そのサポートとはモデレーター、切り抜きや歌ってみたの編集、仕事DMの管理など。

 あとは生活力の無い彼女のお世話。

 部屋は散らかり放題、出不精で、食べたいものは基本宅配で注文、暴言は酷く、物は壊し、夜中まで起きており、注意しないと風呂に入らない。

 そんな調子だから、あの優等生な姿は猫被りにしか見えない。

 オフでもあんな感じだと助かるんだけど。

 不意に昨日のことを思い出す。

 

『私、本当に天使なんだよね』

 

 昨日見た白崎というより『臼裂』としての姿。

 あのぐーたらでどうしようもない白崎が美しく、神聖なものに感じられた。

 背中の翼も頭上の輪っかも作り物には思えない、まるで白崎が生まれてきたときから付いていた体の一部のように見えたのだ。

けど僕は生まれたときからあれの幼馴染で、あんな姿見るの初めてで。

 先の見えない不安感に押しつぶされそうになり、頭を振る。

 今日打ち合わせのときにでも聞けばいい。なにも僕が気に病む必要はない。



 放課後、部活を終えて六時くらい、帰宅部の白崎は既に家だろう。

 彼女と違い友人の少ない僕は一人寂しく帰路についている。

 自分のマンション、自分の部屋を通り越して一つ奥、白崎宅の扉を合鍵を使って開く。

 

 これは白崎から「料理作ったり起こしたりするときに不便でしょ?はいこれ」と渡されたもので、特に深い意味はない。普通異性に合鍵を渡すというのは、それ相応の思惑がありそうなものだが、あれの場合本当に理屈抜きに「おせわしてほしいからあげる」くらいの、視野角五度によって導き出された行為である。

 

 扉を開き、昨日押し入った時とは違って電気をつける。

 玄関から廊下、いくつかある部屋までの道筋が照らし出され、溜息をつく。

「一か月放置するだけでこれか……」

 段ボールが隙間なく積まれて、開封未開封入り乱れて足の踏み場がほとんどない。

 ネットショッピングで買うだけ買って開けもしないせいで迷宮のようだった。

 言っても聞かないのでこちらは諦めている。


 足の踏み場を探し、リビングへと辿り着く。

 白崎は基本配信部屋と自室を行き来するだけなのでこちらの部屋には物が少ない。

 一人暮らしをするにあたってウキウキで買ったデカいソファとデカいテレビが埃を被っているくらい、あとは僕が無理矢理買わせた電子レンジと冷蔵庫がキッチンに置かれている。

 ソファに座り、レインで『19:00からご飯、打ち合わせもするぞ』と伝える。

 返信はない。まだ配信開始まで時間があるから通話してゲームでもしてるんだろう。

 

「パスタまだあったよな……ナポリタンでも作るか」

 料理系VTuberの動画を見ながらサクサクと作っていく。パスタ自体簡単だし、副菜もかなりサボったスープとサラダなので一時間も経たずに作り終わってしまう。


「おっ!今日はミートスパなんだーやりい」

 白崎が廊下から顔を出して、じろじろとこちらを見ている。

「ナポリタンな、持っていくから行儀よく待ってろ」

 ダイニングテーブルに料理を運び、手を合わせてから食べ始める。

 白崎は長い白髪が垂れるのを嫌って家ではおでこをだすようにピンで止めている。

 楽だからとよれよれのシャツとショートパンツでうろうろし、学校での凛々しい表情とは一転、だらしのない気の抜けきった顔がデフォルト。

 急に難しい顔になって「ナポとミートって何が違うんだろ。味かな」と呟いている。

「白崎って天使なんだよな、なんで?」

 口に含んだスープを吹き出し、ぜえぜえと呼吸を突然荒げた。

「なにしてんだよ汚い」

「急に錬村が変なこと言うからだろ!」

「変ではない。この目でお前が天使になってるところを見たし、白崎が自分を天使だって名乗ったから聞いてんだよ。こんなに一緒にいるのに知らなかったぞ」

 白崎は机の上を布巾で自分の噴出物を黙って拭いている。


「で、本当に天使なのか?」

「天使だよ」

「いつから天使なんだ?」

「生まれたときからずっと」

「でもこの十数年そんな素振りなかったけど……」

「見せてないからね」


 理解できないような顔をしていると、少しの沈黙のあと、彼女は「本当は言っちゃ駄目なんだけど」と呟く。

「この世界には異世界の住人が結構いてね。天使とか悪魔とかドラゴンとか神とか、自分の正体を隠してる人外が人として生きてるんだよ」

「まじか」

「まじだよ。私みたいに中身外身人外のVTuberも結構いるね」

「……確認なんだけどVの姿とリアルの姿が瓜二つな理由は?」

「私をモデルに作ってもらったから」

「ちょっと待てお前のママって普通のイラストレイターさんだったよな。まさか裏ではそういう事情を知る闇ブローカー的な存在だったのか」

「いやその人は神からのイラスト依頼こなしたら、チップとしてこっち側の存在に引き込まれたんだけで、事情通とかではないよ」

「ギリシア神もびっくりの対応だな」

「今ではドラゴン娘として楽しく生活してるらしい」

「順応してるのか」

 突飛な世界観に頭が痛くなる。じゃあ何か?幼馴染が実は天使で、自分をモデルにしたVTuberとして活動しててもおかしくないのか?

 いやおかしいな、設定が渋滞している。

 

「ちなみにお前のお父さんやお母さんは人間なのか?」

「天使だよ」

「なぜ気付かない僕……というか錬村一家揃いも揃って鈍感かよ」

 錬村家と白崎家は家族ぐるみで親しくさせてもらっているのだが、そういうスピリチュアルな疑いを持ったことは今まで一度も無い。

 いやこういう事情を知らずに疑いをかけてたら、まず家族の正気が心配だけど。

「しょうがないよ。私たち天使だし、下等な人間の目を誤魔化すくらい訳ないから」

「生で上位存在の傲慢を見れて嬉しいよ。じゃあ下々の我々の飯食ってもしょうがないよな」

「あー!それとこれとは別!!ご飯美味しい!!人間サイコー!!」

 慌てて腕で守るように食器を囲って、こちらに熱い視線を向ける。

「分かればよろしい」


 二人共完食してデザートに入る。

 メロンソーダとバニラアイスをコンビニで買ってきて、クリームメロンソーダに。


「いいなー最高っ!ねえ毎日これ食べたい」

「虫歯になるから駄目……週一くらいな」

「やったぜ」

 

 さっき聞いた白崎の話でだいぶ目線が変わってしまったな。

 彼女のような天使、悪魔やドラゴンや神が人間と同じ価値基準で生活しているらしい。

 白崎の言う通り僕らは下等生物である。何をするにしても不便この上ない。

 不便で窮屈で理不尽なのに、どうして堕ちてきたのだろう。

「僕ら人間を良くしようって……例えば生物として一歩上の存在にしようとかって天使的には考えてないのか?」

「なにそれ」

「いや人間って面倒だろ、色々。なんでわざわざこっちに来て、しかもVTuberとかやろうと思ったんだろうなって」

「昔はそういう動きあったみたいだよ。信託を下したり、預言者決めたり。けど想定外の動きばっか人間がするから諦めたってパパが言ってた」

 白崎のお父さん、人類エラーばっか吐いてごめんね。

「それは全体の話だよな。お前はどうなんだ?」

「え私?そりゃあオタクだから留まってるに決まってるじゃん。天界で出版されてる本なんて聖書か、聖書の新解釈か、神の讃美歌の歌詞カードくらいだから」

「最悪のラインナップだな」

 「でしょ?」と白崎は肘をついて笑いかける。

「こっちは過ごしやすいよ、天界規約さえ守ってればずっと生活できるし。BLが商業も同人も潤沢だし、回線速いし……天使ぶりたい欲はVTuber活動でいくらでも発散できるからね」

「そりゃいいな」

「だから私が天使でも、あんまり気にしないで今まで通りに接してほしいな。錬村とはいつまでも仲良くしたいから」

 いつになく真剣な表情、学校で猫かぶりをしていた凛々しさとも違う、覚悟の決まったような目をしていた。

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