なかのヒトなんていないからっ!!

うざいあず

プロローグ

幼馴染の天使系VTuberの身バレを防いだら本物の天使だった

「スパムを消して……アンチコメも殺害予告だけ消して……ふふ今日も推しの配信は面白いな」


 暗い部屋の中、パソコンの画面とスマホの液晶だけが光っている。

 パソコンは推しの配信、スマホは推しのハッシュタグをパブサーチ。

 今日は『彼女』の三周年記念であり、新衣装お披露目……見逃すわけにはいかない。

 画面の中ではファンシーな初期衣装とは打って変わって、軍服でスマートな姿をした彼女がゆらゆらと愛らしく揺れている。可愛すぎる。


 『臼裂しろさきくのら』

 歌とゲームが大好きな十六歳!天界からお外のことを知るために配信を始めた天使で、たまにずれた発言も。くらうど(くのらのファンネーム)が一番大好き

 ※公式HP自己紹介文から引用。


 VTuber。

 Outubeを中心にライブ配信や動画等の媒体で、バーチャルな体をもって活動する人たちの総称。2Dまたは3Dのアバターを用いるという違いあれど、基本なりたい自分を反映するという側面があるため、ロールプレイ上の種族は問わない。彼女の場合、天使である。


 まあ三年も活動すればこの自己紹介がほぼ嘘となってしまったのだが、それもこの界隈ではご愛嬌だろう。

 声は良いのに笑い声が汚く、口も悪く視聴者とよくプロレスをしている点。

 FPSTPSのゲーム実況が主な配信内容で、実力もある点。

 数えきれないほど魅力はあるが、これらがくらうど(ファンネーム)たちに刺さり、今では個人勢ながら八万人の登録者を誇る。


 推しててよかった。

 様々な苦難を乗り越えてきた彼女の姿を初期から見ていたから知っており、この三周年は感動もひとしお、というか泣いている。オタクたちがこぞって言う真顔での「泣いた」ではなく、嗚咽を漏らしながらテッシュの中身が無くなるくらい本当に泣いていた。

「良かったな……ここまでよく頑張ったな……!!」

 

『じゃあみんな今日はここで終わりまーす!おつくのらー!!』

 ROM専たちもここではコメントを打つため、『おつくのら』『三周年良かった』『明日配信あるん?』『ありがとー』『おつくのらー!!』という文字列の波が加速していく。

 羽が散らばるようなスティンガーが入り、終了画面に映る。

 初期衣装の美麗な一枚絵の上に直筆で『thank you for watching!!』と書かれたもの。

 『スパチャ読みは明日やりまーす』とくのらが短く言った。


 配信良かったなあと充足感に包まれながら、スマホに目を落とし感想コメントを打つ。

 他のくらうどたちに杞憂されることを防ぐべく、配信のアカウントとツブヤイッターのアカウントの名前は別にしてある。ハイリョダイジ。

 

 次は誰の配信見ようかなーとOutubeのチャンネル登録欄のライブ中の赤枠の文字を見ていく。目についたのは海外勢、『エレノア・ウォッチャー』の見たこともないインディーズゲー配信だった。

「さすが百万人企業勢……面白そうだな」

 日本語オンリー配信のふにゃふにゃJapaneseに心を射止められ、英語が分からないながら追い続けている一人だった。

 バ美肉イラストレイター『えへろろん』のゲーム実況、珍しくVsingerの『qed』もカラオケ配信をしている。

 他にも企業個人問わず面白そうな配信が沢山、駄目だ……見たい配信が多すぎる!

 気が付けば四窓していた。あるあるだね。


「みんななんて言ってるかなー」

 四窓を横目にくのらの感想ツイを見るべく、検索をかける。

「おや……?」

 なんだか様子がおかしい。

『くのら気付いてないのか?』

『気付いてくれ、のらー!!』

『これ本当に不味くない?』

 などとくのらを心配する短めの呟きが最新の欄を埋め尽くしている。

 

 慌ててくのらの配信ページへ飛ぶとアーカイブ化されず、まだ『配信中』の赤枠の表示が三周年記念配信に付いていた。

 まっずいこれ!

 SNSでの皆の呟きや配信のコメントを全く見ていないらしく、こんなことになるならチャンネル共有してもらえばよかったと後悔する。

 すぐにDMを送ろうとしたそのとき、

「明日学校だるいな~」

 

 と、くのらは言った。

 ざわめき出すコメント欄と沸き立つタイムライン……在学中って言ってなかったよなこいつ。

 僕はそのとき走馬灯のように思い出していく。

 VTuber文化が誕生して、配信という特性上怒り得る惨事、身バレによる炎上。

 何年も続くインターネット文化なら例証はいくつもあり、その度にいちリスナーである僕は涙を流し、苦しい思いをし続けてきた。

 

 推しは推せるときに推せ。


 この言葉の誕生の背景の一つにはこういう悲惨な末路が存在する。

 三周年のめでたい日に友達を炎上させるか!


 ヘッドホンを投げるように外して、部屋の扉を開けて、靴も履かず家を飛び出す。

 手には鍵とスマホ。マンションの一室、廊下を少し渡って、隣の部屋の鍵穴へと鍵を差し込み、他人の家へと進入する。

 段ボールまみれの暗い廊下を押しのけるように通る。

 間取りは同じだが、片づけないせいで酷く歩きづらい。

 スマホからはくのらの独り言が聞こえている。今のところ変なことは言っていないけれど、いつ何を言うか分かったものではなかった。

 

 彼女の配信部屋に辿り着くや否や、頭をフル回転させて扉を叩く。

「ねーちゃああああああん!!配信消し忘れてるよおおおおおお!!!!」

 喉を絞り自分の出来る限り幼い声で叫ぶと、数秒後スマホの中からも反響するように声が聞こえる。

 画面では「あっえっ?」と混乱したくのらの声、やっと気が付いたか。

 コメント欄は弟の乱入に歓喜する声で埋め尽くされていた……ちょっと心が痛むな。

 「本当に切ります!おつくのら!」平静を装うが焦っているのがバレバレの声色で配信は終わる。


 ほっと胸をなでおろす、アーカイブ編集した方が良いだろうなあ。

 安堵の気持ちもありつつ、同時に三年目になって切り忘れるハプニングを起こした彼女に怒りのような感情も湧いてくる。

 結果面白くはなったけど、炎上一歩手前ではあった……ここは心を鬼にして、親友として言わねばなるまい。

 

「おい白崎!配信終わったかちゃんと確認くらいしろ!」

「あ、ちょっと」

 扉に手をかけて、白崎の制止も聞かず思い切り開く。

 

 そこには僕の幼馴染にして親友、オタク友達の白崎がいる――はずだった。

 スマホが手から滑り落ちる。

 機材と段ボール、片付けの出来ない彼女の部屋にはその他ゴミが足の踏み場無く床一面に埋められていて、彼女の座るゲーミングチェアだけ少しの空間が開いている。

 椅子の上で体育座りをする少女――『臼裂くのら』がこちらを見ている。

 頭には天使の輪、肩まで伸びる綺麗な白髪、琥珀のような目。

 瀟洒な白いドレスを身に纏い、大きな四枚の白い翼は折りたたまれて彼女の背から生えていた。清廉で無垢で神性、何も言わない彼女はまさに天使である。

 コスプレなどではないと直感する。天使の輪は釣り糸無しに浮遊しているし、翼は息づいていて今すぐにでも飛び立ちそうな迫力があったから。

 中の人なんていなくて、まるで画面から飛び出したような雰囲気を白崎……いや、『臼裂』は漂わせている。

 

「私、本当に天使なんだよね」


 臼裂は苦笑いをしながら告げた。

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