25.推しに殺されるなんて
「がああああああああああああああああああああ!!!!」
なんで!?なぜ僕は落下してる!!
吹き荒れる風と風圧に手足をばたつかせ、制服が嵐のようにうるさくはためいている。
灰色の凹凸が急激な速度で鮮明さを増して近づき、それがコンクリートで、アスファルトで、街並みであることが分かっていく。
走馬灯を食い破るように何があったのかを思い出す――そうだ、qedが押した!僕を!ただの人間の僕を殺そうとした!!
恨み言は後、早くどうにかしないと死んでしまう!
でもどうやって。
僕は。
無能力の。
ただの人なのに。
最後の力を振り絞るように、一縷の望みをかけて、ただ生き残りたいという体裁を整えるように、整理の付かない頭で僕は喉が裂けるくらい叫んだ。
「白崎いいいいいいいいいいいい!!」
「助けろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
地面と顔面が僅か数センチに接近し、頭がぐしゃりと割れる音と痛みを想像しながら強く目をつむる――刹那、ぶわりと持ち上がるような感覚が背中に伝わる。
「羽根?」
目を開くと白い羽根が降っている。あたりに散らばって、今もなお空から雨のようにふわふわと降り注いでいた。呆気に取られて立ち上がろうと地面に手をつく。
もそ。
「うあっ」
下敷きにしていたのは羽根の塊、落ち葉のように集められたそれに体重を預けている。足の踏み場を探しながらゆっくり力を入れるが、すこんと空振った。腰が抜けているのか。
「あ……生きてる」
変な気持ちになって、妙に笑いがこみ上げてくる。多分安心感から。
「はは、ははは……」
羽の塊に埋もれながら体育座りをして、顔を伏せる。
「死ぬかと思ったあ」
深いため息の後、身震い。
やっと生きている実感が湧いて、涙がこぼれた。不思議とそこまで泣くことはできない、生き残ることのできた高揚感のせいだろう。一粒か二粒頬を伝い、悲しみはそこで途切れる。
「そっちの名前を呼ぶんだ」
身長以上の高さから耳に入る声はすとんと落ちて、体育座りの僕と同じくらいの高さになる。
「……殺したいくらい僕が嫌いなのかお前は」
「そんなことない。地面に当たるギリギリで助ける予定で、そう言ったでしょ?」
あの口パクそういう意味か、焦っててなに言ってるか全く分からんかった。
「じゃあなんで落としたんですかね」
「嘘つきは天使が好きなのか、それとも少女が好きなのか。それが知りたかった」
「お前は、お前は何の話をしてるんだ?」
ひたすらに怯え、彼女の言葉を理解ができない。それをqedはただの説明不足と受け取った。
「おとぎ話の文脈だと嘘つきは少女の本質を愛していている、彼女が天使だろうと少女だろうとどうでもよい。けど嘘つき本人はどっちが好きなんだろう。天使を応援していると語り、少女を邪険に扱う嘘つきの気持ちはどっちに傾いているんだろう。他の人にとって天使は仮想であっても嘘つきにとっては現実でしょう?それが知りたかった」
「だから死に瀕したあなたは『白崎』と『臼裂』どっちの名前を呼ぶのかなって」
ぞくりと背中に冷たいものが通る。
悪魔の本質、創作者の狂気を見た。これがただの埋め合わせ、取材だと言いたいのだろうか。
僕はそこまで話を聞いて、腹が立って、顔を上げる。
「普通に聞けよな、くだらねえ」
「ごめんなさい」
qedはあっさりと頭を下げる。
「こんなことで死にかけて、しかも助ける前提だ?脅迫罪と殺人未遂で警察に突き出すぞおら」
「本当にごめんなさい」
「高々それを確かめるためだけに顧客を命の危機にさらすとか倫理観が終わってんのか?」
「ごめんなさいって」
「めんどくさくなってんじゃねえぞ!?」
小学生が花瓶を割って怒られているような申し訳なさそうなqedの顔。
それを見ていると、なんだか大したことをされてない気がして馬鹿馬鹿しくなってくる。
「僕の命は花瓶と同等か」
頭をかいてようやく立ち上がり、いつもより小さくなったqedの視界に納める。
「僕はお前のことを許さない。推しに殺されるなら本望の層もいるかもしれんが救われた命を無下に捨てるほど馬鹿じゃない。人間界では大犯罪だよ、多分な」
「…………」
「けどこれでお前をを警察に突き出すの後味が悪い。僕はお前のファンで僕の命はお前の歌に拾われた節があるくらいには応援してた。だから今回の一件と今までの好感度を引き換えにしてチャラだ。僕はお前を恨まないし、お前も負い目を感じる必要はない」
「……いいの?」
「いいわけあるか、譲歩に譲歩を重ねてこれが限界。これからは別にお前のファンじゃない、ただの仕事相手、クラスメイト、友人とする。分かったか土井」
「分かった」
土井はくすりと悪魔のらしく笑う。
口角を歪ませ、目を鋭い細くさせ、普段と変わらない笑みなのにどこか別人のように見えた。
やっぱ悪魔ってやつは人間と違うのかもなあ、一つ悩みが増える。
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