3.大根ボイス
白崎からのメッセージの後、二か月前ウキウキで自作した台本を送信する。
内容は『臼裂くのらと聞き手が同級生で一緒に帰る』というもので、カフェや雑貨屋に寄り道するAパート、こっそり雑貨屋で買ったアクセサリーを聞き手にプレゼントするBパートの二部構成になっている。
僕自身くのら推しであり、くらうど(くのらのリスナー)が求めるものを十分に理解しているため、素晴らしいものとなっていると自負している。
可愛らしさと溌剌さ、ときおり見せるしおらしさを詰め込んだ渾身の出来。
数分後、台本読みを終えたと思われる白崎から、
『これ本当に読むの?』
かなり日和った文が送られてきた。
まあ配信のぶっ壊れたテンションとは違い、ボイスは日頃の感謝や思いの丈を演技に乗せて伝えるものだし、恥ずかしがるのも無理はない。
けれどこういうときのこいつの対処法は知っている。
『逃げるの?』
『は?やるけど???????』
僅か数秒で回答が来る。扱いやすくて助かるよ。
翌日、臼裂は宣言したように配信しなかった。
いつもなら臼裂の配信を見ている時間だが、やっていないとなると他のことに時間を使える。
有意義な推し活をするべく、僕は他の推しの配信を複窓しながら、臼裂のアカウントで上げる切り抜きを作っていた。
ポコン、とdeathcordが音を立てて、編集中の画面にメッセージの一部を表示させる。
コラボ相手のライン越え発言に詰める臼裂のアーカイブを止め、連絡を見る。
『一応とった。変なところがあったら言って』
いつもの短文の下には音声ファイルが二つ貼られている。
もうボイスを録ったっていうのか!?あの面倒くさがりの白崎が!!
ああ配信では言ったもののどうせ「後でやればいいや」と先延ばしにして、次の打ち合わせで僕に怒られるだろうと思ったのにもうやってくるだなんて!
彼女の飛躍的な進化、VTuberとしてのプロ根性を目の当たりにして涙目になる。
『よくやったお前がナンバーワンだ』
うんうんと頷きながら文面で褒めて、ボイスのファイルを開く。
あれだけ頑張った臼裂の音声、きっと想像以上に良いものになっているのだろう――
――聞き終えた僕は頭を抱えていた。
ボイスを同人の音声作品と同じようなものだと思っているが、相違点として求められる要素に違いがあるとも考える。音声作品もプロの声優さんが収録しており、そこに関わる大人もプロばかりであるため、クオリティの高さに需要が生まれている。
対してVTuberは推しとの体験の共有、『いつもは画面越しにいるあの子が隣で話しかけてくれること』に重きが置かれ、前提にそのVTuberとの思い出があるため、感情表現や台詞読み等演技力が他のVのボイスと比べられることはほとんどない。
むしろ「初々しくて可愛いねえ」「これぞボイスの醍醐味」と拙い演技を楽しむ層さえ存在する。かく言う僕も『ボイスは出してくれるだけで嬉しい』勢で、多少下手でも「それが良さじゃあああ!!」と爆発するのだが。
の、だが……
「これは下手とかいうレベルじゃないな」
録音環境は悪くないし、臼裂の声以外が入らないように細心の注意を払われている。
彼女自身、VTuberオタクの側面があるからボイスを聞いたことはあるんだろう。
台本を飛ばしたり、噛んだりはしてないから、きっと覚えて挑んだはずだ。
だが演技がとにかく下手。
台詞は固いし、棒読みだし、間がなってないし……ある意味想像以上。
合成音声の方が上手く読めるかもしれない、とあまりに失礼なことを考える。
しかし意外だな、あいつはなんでも出来るタイプだと思っていたんだけど。こういうことは苦手なのか。学校でいつも猫被っているのに。
「なんて言おう……」
抱えた頭を上げて、視線をパソコンに移す。
一度勢いで褒めてしまったが、これを売るのは正直どうかと思う。
恐る恐るメッセージ欄に『録り直しましょう』と打ち込み、エンターを押す前にすぐに消す。
頑張って録ってもらったのに、これではあまりに素っ気ない。というかこんなこと言ったら絶対に怒る、また踏まれてしまう。
うんうんと唸りながら、なんて伝えれば良いか考えていると、一つ閃く。
演技力の無さは経験で埋めれば良いのではないだろうか。
『それはそうと、明日の放課後空いてるか?』
白崎は短く『いける』とだけ返した。
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