27.怪獣大戦争

 視界を塞ぐモノクロの砂嵐は姿を消して、時折入る黒い線や光の三原色のズレは徐々に直っていく。都会の街並みは僕の、錬村家のリビングへと書き換えられてしまう。

「おお……!本当に便利だなあ瞬間移動」

 パチンと後ろから音がすると、真っ暗だった部屋が明度を取り戻す。土井が付けたらしい。

 日は落ちていて時間はもう遅い。

 瞬間移動自体は便利だが、あの大きな魔法陣を描かなければならなかったり、リキャストタイムが長かったりと制約のある能力のようだ。


 でんとソファにくつろぎ、テレビの電源を入れる悪魔の方を見る。

こいつはなぜ家主を殺しかけて、こんなにふてぶてしく生きれるのだろう。もうちょっと申し訳なさそうに振る舞えよ、いや気にするなって言ったのは僕だけどさ。


一旦土井から思考を離し、ルーティーンである今日の配信チェックをする。

 推したちの事前スケジュールはもちろん把握しているが、ゲリラ配信、また推してはいないV面白そうな配信を見逃さないよう、帰宅した瞬間に行うよう心掛けている。

 スマホを鞄から取り出し、ツブヤイッターを……


「やっちまったあ…………」


 しゃがみ込み、乱暴に頭を掻く。

 表情を青ざめさせて、比較的新しい記憶の上澄みをすくう。

 僕が助かったのは白崎の能力のおかげで、行使されたとき「使われましたよ」というシグナルが能力者本人に行くという。

 なんであのときに連絡を入れてやらなかったんだろうか。


 数百件通知が貯まったレイン、白崎からの通知を押して、そのまま電話をかける。

 白崎はあれでも心配性で、優しい心の持ち主で、度が過ぎるくらい他人を大切にする。

 自分がなんとかしないとと慌てるがそのやり方が分からないからうずくまって何もできず、自己嫌悪に陥るタイプ。

 コールは三つ目いかないくらい。

 無言だった。声が震える。


「もしもし白崎か?僕は生きてるよ」

「こんな時間にかけて悪い……まあなんだ、連絡ありがと、心配かけたな、それも、すごく」

「大丈夫だよ、ちゃんと五体満足。ぴんぴんしてるぜ、骨折の一つもしてない健全健康体だ」

「ちゃんと飯食ったか?面倒くさがって食べてないナシだぞ、なんでもいいから腹に入れとけ」


「……あやまって」

「大変申し訳ございません」

「ふざけないでよ、私がどれだけ心配してたか。このまま錬村が本当に死んじゃったらどうしようって怖かったか分からないの?」

 冗談を言いかけて、浅く空気を吸う。

「ごめんなさい。連絡も無しに死にかけて、お前を心細くさせてごめんなさい」

 白崎の声は上ずっている。今にも泣きだしそうなのを必死に隠して、怒っている。


「許さないから、次死にかけたら私が殺すから」

「お前に殺されるなら本望だよ」

「ふざけないでって……もうお尻が痛いから家に入れて。中にいるんでしょ?」

 なんでもお見通しか。

天使パワーか女の勘というやつだろうと軽く考えて、スマホを耳に当てたまま玄関に向かう。

 灯りの付けた廊下を、ローファーを脱いだ足で歩く。

「おかえり」

「ただいま。ずっとこんなところで待ってたのか。悪かった、寒くなかったか」

 扉を開けた先には体育座りをする白崎がいた。制服姿の彼女はじろりと殺気を帯びた目つきでこちらを睨む。長い白髪はぺたんとコンクリの床について汚れてしまっている。

「寒くない、そんな季節じゃないし」

 立ち上がった白崎はその殺気立った目つきを部屋の中に向けて、するりと僕の横を通る。

 開いた扉、その境界線を挟んで外に僕、中に白崎。

「お腹空いた」

「すぐ作るよ」

「いやコンビニのご飯が食べたい。外で買ってきて、ほら早く!」

 痺れを切らしたような口調で彼女は自分の財布を押し付けて、扉を閉めた。

 ガチャン。

 鍵が閉まる。そしてチェーンをかける音も。

 コンビニ飯が良いと言われたのは少し傷付くなあ、毎日頑張って作ってるのに。

 土井も何も食べてないはずだから彼女の分を買っておかないと。

「土井……?」

 自分の中で合点がいく感覚、ボタンを掛け違えずに留めていく感情が生まれていく。

ただそれと同時に恐るべきことに気が付いて――僕は必死に叫んでいた。

白崎を呼び止めていた。

「僕を殺したのは土井じゃない!もう済んだことだ!話し合いの末解決したことだ!!」

 殺気立つ気配はどんどん遠のいていく。考え得る最悪のシナリオが始まろうとしている。

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