28.尋問

 靴下の擦る音がする。

 神聖で、白っぽく正義感に溢れた、押しつけがましい神々しさがこちらに近づいている。

 一歩、また一歩と怒った天使が私のもとへやってきていた。

 その奥からは錬村の白崎を呼ぶ声が聞こえた。

 もともと期待はしてない、恐らくこうなるだろうという感覚はあった。

 現状打破のための手立てを考えることはとっくに辞めている。

 テレビのリモコンを手に取り、画面を消そうと――

「動くな」

 冷徹な声が通る。

 一瞬誰が言ったのか分からなかった、配信でも学校でも聞いたことのない殺意のこもった声。

 背後に白崎は立っているようだ。

 気付けば部屋の中に天使の羽根が降っている、ぼやぼやと白く淡い光を放つ悪魔特攻の羽根。

「詰んだのかな」

さくりと喉が斬られる。

 一枚の羽根が方向を急転換させて喉笛を嚙み千切るように貫通した。

 多少の肉が飛び散り、ぼたぼたと血が垂れる。大粒の鮮血は制服にこびりつき、ソファを伝って、カーペットを汚す。口の中は血液で満たされていき、耐え切れずに一思いに吐き出した。

「どうするのこれ。血を落とすの面倒だよ」

 心臓が貫かれる。

 血液はとめどなく胸元から飛び散る。人間ならもう多量出血で死んでしまう量が水たまりのように床にしみこんでいく。赤黒く、見るに堪えない惨劇だ。


「今から質問を二つ。命令を一つする」

 血が濁流のように口から出る私を気にも留めず、白崎は話す。

「それ以外のことをしたらお前の七つある心臓を二つずつ潰す」

 返事をしようと口を開きかけて……一枚の羽根がじわりと私を見ているような気がしてやめる。基本喋っちゃ駄目らしい、独りよがりだなあ。

 

「錬村とどこに行ってたの」

「東京タワーの低い方の展望台の屋上。あそこ好きなんだ。頭を整理するのにちょうどいい」


「錬村を殺したのはあんたね」

「うん。殺すつもりはなかったけど」


 羽根はどんどん降り積もり、対処の出来ないくらいの量が白い絨毯のように床を覆ってしまう。今もなお流れ続ける血はその羽根を赤く濡らしていた。


「命令。二度と錬村の前に現れるな、さっさと消えろ」

「じゃあお泊り会をしよう」


 どの羽根も私を切り裂くことはない。

 身を乗り出し振り返ると、理解できないという顔をした白崎がいる。

 天使の姿をした彼女は詰められた距離を保つように一歩退いた。


「はい?」

「あなたは私のことを実はなんとも思っていない。彼を殺しかけた相手というネガティブな感情こそあれ、友人や知り合いに湧く情というものを持っていない。それどころかファンかどうかも危ういくらいに私のことがどうでもいい」

「qedの曲は好きだよ。けどあんたは好きじゃない、作者ごと愛せというのは傲慢じゃない」

「うん、分かるよ。曲は好きだけどインタビュー記事とか密着取材を見て『そんなに面白い人でも無いな』って思う感覚は分かる。だからお泊り会をしよう、お互いのことをきちんと知ろう、せめて雑談が弾む仲になろう。qedを神格化し過ぎなんだ、私はただの悪魔なのに」

「な、なにを言って、」

 私は内心ほっとしていた。この突飛な行動は賭けだった、白崎が正気に戻るかどうかの分水嶺――それをなんとか今乗り越えた。

「私のことに無関心だし、錬村には熱心で、そのアンバランスが良くないんじゃないかって思ったんだ。だからこの話をした」


 遠くで扉を叩き、大きく白崎を呼ぶ声がまだ聞こえる。

 手をそちらに向けてドアノブを捻るようなジェスチャーをする。

 動揺する彼女は私の動きを止めない、というか目に入っていない……やはり興味がないのか。

 扉の鍵が開く音。

 瞬間移動をするより、時間を止めるより、友人を殺しかけるより、鍵開けの方が遥かに容易である。チェーンもおまけで切っておいた。

 ……ああもう疲れた、戦闘向きじゃないのにこんなに血が出てしまった。

 真面目に回復術を履修しておけばよかったな。目を瞑り、体力の回復に従事する。

 きっと一晩眠れば直るだろう、その間にことは錬村が解決してくれるはずだ。


 暗い視界。

 転びそうな勢いの足音が聞こえてくる。

 錬村は白崎を呼んでいる、私はなにも悪くないと叫んでいる。目の前に広がる惨劇に息を呑んで、あからさまな被害者と加害者を目の当たりにして、彼はそれでも嘘をつく。

幼馴染が躊躇なく悪魔祓いする現場で、怖気づかずに「全て自分のせい」だと言ってしまう。

 いっそこの場で自害すればことは面白くなるだろうか。

 そんなことを考えながら、微睡む。

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