38.FF(フォローフォロワー)

 そこで話は終わり、ちょうどチャイムが鳴る。

 どうしよう、学校の授業なんて受けてる場合じゃないよな。

 白崎はもう帰ってしまった。

 あれだけ猫被りしてたのに今朝の一件、それに加え無断早退だ、これまで積み上げてきた好感度は瓦解してしまったに違いない。これからあいつは学校生活をどう切り抜けるのか……そこまで呆れて、もしかしたら一週間後には学校に来なくてもよくなることに気付く。

 じゃあ僕は行った方がいいのか?

 なんだかなあ。

 頭をかいて、心のもやを無理矢理取り払う。


「おーい!氷火ー!いるか、いるよな!あっ本当にいた!」

「次から次へとなんなんだよお前ら!」

 一度にまとめてやってくるか、アポを取ってほしい。教室の中を覗き込むような動きで、彼は入ってくる。藤原十一、僕の数少ない友人だ。

「お前ら?さっきまで誰かといたのか……そういえば白崎といたな、すまない邪魔したか?」

 赤髪の美青年は床に魔方陣のある空き教室を眺めた後、僕の視線を合わせる。

「いないな。もうどこかへ行ってしまったか、いやそっちの方が都合が良い」

 違和感のある言い回しに藤原は、後ろめたそうに声の張りは迫力を失って、痛烈に叫んだ。

「俺を殴ってくれ!」

「急になに言ってんだよ。僕がそんな暴力的に見えるか?」

 冗談交じりの発言に被せて、告げる。

「俺は天使を見た、この目で直接」

「っ……!」

 いつにない怯えたような口調。

 藤原は臼裂くのらを知っている、もし言う通りあの場にいたなら、あれはただの天使ではなく――臼裂くのらとして映っただろう。


「お前、やったのか。あれを撮ったのか」

「……撮った。けれど勘違いしないで欲しい!俺は投稿してない、俺の承認欲求を満たすためにくのらを危険な目に遭わせるわけにはいかない」

 証拠と言わんばかりに彼は自分の携帯を差し出し、確かに彼の写真フォルダには天使の写真がある。けれど『天使がいた』と広まっていった媒体は映像だったはず。

 ツブヤイッターやレイン、インストグラムの投稿を隅々まで探したが、天使の動画どころか、天使について匂わせるような言及すらしてない。

 写真を消すと言っても藤原は戸惑を見せず、素直に消去した。


「まさか藤原が『ダガー@くらうど』さんだったとは」

 彼のツブヤイッターの画面を表示させながら言う。

「うぐっ、ああそうさ。俺は氷火の前でにわかを気取っていたが、実は推しなんだ。だって古参の前で『俺もファンなんだよねー』とか言うのキツいから……」

「めっちゃ分かるう……」

 モデレーターしてるから分かる。

 こいつはコメントするタイプで、結構目立ってるリスナーだ。

 なんだったら何度か絡んだことがある相互フォロワーだったような……。


「でもそれならわざわざ言わなくてよかったんじゃないか?お前は何の罪も無いわけだし」

「あのとき、あの場にいたのに俺は誰のカメラも下げることが出来なかった。推しのプライベートを守れなかったんだ。俺は殴られなければならない」

「藤原……!」

 お前はなんて清く敬虔なオタクなんだ。

 自分に非はないというのに、推しがこうして炎上に近い形で広まっていくのが心苦しく思えるというのか。感動して涙で前が見えない。


「だから俺を殴ってくれ。そうじゃないと気が済まない」

「へへっ馬鹿言えよ、俺もうお前を殴ったぜ」

 藤原はなにを言っているのか分からない、という顔をする。

「僕たちネットのオタクはハンネ知られるのが殴られるくらい痛いだろ?」

「し、しかし!」

 スマホを返すと、彼は驚いた。

「これは……氷火!いや『抹茶アイスクリン』さん!」

「そう、それは僕の推し活垢だ。お前だけ痛い思いはさせないぜダガーさん」

 血反吐を吐きながら僕は推し活用のアカウントをスマホに表示させていた。

 こんな素晴らしいオタクが素晴らしい行いをしたのだから、それに見合った対応をするのが誠意というものだろう。

「「がしっ!」」

 二人は熱い握手を交わし、友情を深めた。

 

 教室に戻ろうとして、ふと思いつく。

 こいつも天使を知ってしまった一人なんだよな――『人々に存在が知られてはならない』の規約からどう脱すればいいのか。

「あ、そうそう。あの天使なんだけど」

「んあ?もう話は済んだんじゃないのか」

「いや……お前は信頼できるからリークしておいてもいいかなって」

 唐突な僕の物言いに藤原は首を傾げる。

「あの天使、実は撮影の小道具でな。みんな見間違いして本物の天使だって勘違いしてんだよ」

「えっ!?」

「臼裂くのらとは関係があるがーま、本物なわけないだろ?」

「あっ……そ、そうだよな!本物の天使なんているはずないし!ぜんっぜん同級生がVTuberでマジ天使だったら、なんて妄想してないし!いやあそりゃそうだよ、なに考えてたんだか。ははは!」


「あはははー……はあ」

 あからさまに肩を落とす藤原の肩を叩き、慰める。

 少し胸が痛むが、これで一人天使の存在を見失ったってことになるのかな?

「で、なんで撮影の小道具って知ってるんだ?」

「ははは!そういうときもあるさ!じゃ!僕先に帰るから!!」

「あっおい!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る