39.バ美肉ドラゴンイラストレイター

「「ただいまー」

 自分の家の隣、白崎宅を訪ねる。

 担任に「白崎と僕は体調が悪いから早退する」と伝えたときの呆れ顔が忘れられない。断じて想像するような関係ではないからな?

 転がる段ボールを避けて、たまに踏みながらリビングを目指す。

「あっおかえり」

「おかえりなさいなのじゃ」

 白崎の隣にドラゴンが体育座りしている。

 目をこすってみる。

 ドラゴンがいる。


「えっ?」

 流石にドラゴンは初めて見るんだが。


 胴が太く、尻尾や羽は小さいマスコットのような体型のドラゴンが狭そうに座っていた。

 天井に頭をぶつけて、縮こまるような姿勢。可愛らしい体系ではあるけれど、その作画は細かく、リアルだ。桃色の鱗、たまご色の腹部、爬虫類らしい目、口を開くと凶悪な歯が見える。

 

 ハアと生臭いドラゴンの息が顔面にかかり、全身に寒気が走る。

 生存本能を直接オンにされるような、今すぐ逃げたくなる恐ろしさ。

 

「ちょいちょい白崎さん!しらさきさーん……!」

 手招きして、こっそり話す。

「あれドラゴンだよな、どうみてもドラゴンだよな。さすがに人型じゃないのは動揺するんですけど、あんなのがいるなんて聞いてないんですけど!俺食べられない?大丈夫だよね!ねえ!?」

「はあ?元人間なのに同種食べるわけないでしょ。あとそういうこと言うの失礼だと思う」

「僕は今生死の狭間立たされてるんだよ!天使のお前は違うかもしれんが、人間の僕はドラゴン様の食料以外の何者でも……!いまなんて?」

「吾輩は元人間現ドラゴン娘で、人を食すのは好まぬのじゃ。だから安心するがよいぞ人間」

 桃髪のアホ毛が視界の下でぴょこりと跳ねる。

 錆びたボルトを締めるように、ゆっくりと目線を下げると、

「うむ、やっと目が合ったな」

 ギザ歯の幼女は悪戯っぽく笑った。

 

 桃髪のツインテール、水色のだらしのない目、常にギザ歯を覗かせ不敵な笑みをこぼしている。だぼだぼのオーバーオールにシャツを着こなし、小学生くらいに見える幼女だが、一部の格好が異質だった。背中からは幼い羽、尾てい骨あたりに短い尻尾、頭から生える小さな角――それはドラゴンを思わせる特徴である。

 足元からはちらちらと桜の花びらが地面に落ちていた。

 可愛らしさの中に違和感が潜んでいるような、そんな雰囲気を醸す幼女。

「えええええええ!!誰!?いや誰だよ!さっきのドラゴンは……っていない!?じゃあこの子が!?」

 ぶわりと足元の花弁が吹き出し、宙を舞う。

片目から青い閃光がぱちぱちと広がり、幼女は口角を歪ませた。

 スポットライトが当たるように彼女以外見えなくなる。

「いかにも。我は四禍獣が一柱、桜竜ブロサードドラゴン。散る桜が如く可憐で残忍、咲く桜が如く綺麗で凄惨……ふははは!どうだ!怖いじゃろー!」

「というわけで神にバ美肉されちゃった私のママ、えへろろん先生です」

 ぱっと視界が広がって、怖くない焦ったような表情のブロサードドラゴンさんことえへろろん先生がいた。


「ちょっとくのらちゃん!?話合わせてくれるって言ってたよね!吾輩すごい楽しみにしてたんじゃけど!!中二病名乗りが出来るってうきうきしてたんじゃけど!!」

「こいつに空気読ませるなんて不可能ですよ先生。猫被らないと空気読むスイッチが強制オフになるので」

「そ、そんなあ」

 がっくりと肩を落とすえへろろん。

「昨日寝ずに考えた吾輩の名乗り口上が……格好いい登場したかったのにい……」

 一晩考えた割にはクオリティが低かった気がするけど。

 幼女が膝をついて落ち込む姿は見てられない。


「それでなんで二人が集まってるんだ?」

 ぴょこりとアホ毛を反応させて、体を起こす。

「吾輩、世界くらいなら滅ぼせる火力が出るから。その自動措置だけ破壊できるんじゃないかって相談されたんじゃよ」

「せか!?」

「けどそんな器用なこと出来ないんじゃよねー目撃者全員殺すとかなら出来なくもなんじゃが。二人がかりで何日かかるか」

「そんなことしたら規約にがっつり抵触するし、元も子もないよねってことで話が詰まったの。何かアドバイスない?」

「まず二人は倫理観を身に付けた方が良いと思う」

 こういう人の為、『人を傷つけてはいけません』という当たり前が法律にあるのかもしれない。

 天使を見失ってもらうにはどうしたらよいか。

 藤原は嘘で騙せたが、あれは彼が純粋で阿呆だった部分が大きい。

 常人に、それも数えきれないくらい多くの人々を騙すには説得力というものが全くなかった。

 逆に言えば説得力があればどうにでもなる、あとは発信力か。

「うーむ」

 なにか全員を騙せるような上手い嘘はないのだろうか。


「あ?」

「あー」

「いやでもいけるか?」


「思いついたなら早く言いなさいよ」

「けど日数が足りるか分からんし、博打になるぜ?今更危ない橋渡っても」

「今渡らないでいつ渡るのよ!いいから、言うだけ言って駄目なら却下するから」

 有無を言わさない白崎に怖気づいて、白状する。


「情報を訂正することは出来ないけど、情報を情報で上塗りすることはできるだろ」

「……どういうこと?」

「MVだよ、動画の中で今出回ってる天使の映像を使って話題性を得る。『臼裂くのら=あの動画の天使』にするんだ、VTuberが現実でも同じ種族だって思うやつはまずいない。動画はフェイク、新進気鋭のVTuberが炎上商法ででっち上げた合成映像で本物の天使なんていないってことにすればいい」

 今あの動画はオカルトじみた天使の証拠になってしまっている。

 それが全くの偽物だと言っても信じてもらえないだろうが、新たなもっともらしい意味付けをすれば話は変わるかもしれない。

 出回っている動画は臼裂くのらがMVを投稿するに際して広告として流したものだと偽る。

 多くの人を雇い、さもそんな出来事が起きたように振舞ってもらったことにするのだ。

 事実MVにはその他多くの彼女の素材が使われており、臼裂くのらを認識した瞬間、正体不明の天使は天使系VTuberにしか見えなくなるよう出来ている。

 本物の天使が天使系VTuberをやっている、なんて馬鹿げたこと誰が考えるだろうか。


信じ込ませることは難しくても、見失ってもらうことなら出来なくはない。


 その説明を聞いた白崎はにやりと笑う。これはいけると思っている顔だ。

「よしじゃあそれで、」

「ハイ質問!」

 白崎がGOサインを出す前に、先生がぴょんと跳ねて大きく手を挙げた。

「それって『天使が落ちてきた』っていうとんでもないバズりをMVが見せることが前提の作戦じゃよね。くのらちゃんのSNSフォロワーは五万人くらい、つべが九万人……最近は勢いがあるけど、ぶっちゃけ無謀じゃないかなあ。そこはどうするの?」

「無理でもやってみないと分からないでしょ。ねえ錬村?」

「いや僕もそう思う」

 露骨に白崎が不機嫌な表情になる、まあ聞けって。

「臼裂くのらだけでは無理。けど目の前にいるのは誰だ?バ美肉やってる神絵師様だろ。他にも事情を知ってる奴はミリオン再生連発の悪魔や、金盾持ってる神様もいる。頼れるもん全部頼って、やれること全部やって、三年間の集大成を見せつけてやろうぜ」

「錬村」

「ま、上手くいかなかったらそのときはそのとき。安心しろ百年以内には天界に行ってやるから」

「天国にいけるつもりなんだね」

「こんな大事なシーンで相棒を疑うなよ!?」

 僕以上に清くて素直で嘘なんて一回もついたことのない人間はいないだろ。

「だからえへろろん先生、協力してください。こいつが帰らなくて済むように、このまま活動を続けられるようにしてください。お願いします」

「お願いします!」

「いいよー」

「「軽っ!」」

 深々と下げた顔を二人同時に上げる。

「だって吾輩反対はしてないし」

「でも無謀だって」

「さっきのはただの質問、なに言われても手伝うつもりじゃったよ?」

 にこりと不敵な笑みを漏らし、足元から漏れる花びらが僅かに宙に浮かぶ。

 さっきの嘘の意趣返し、嘘つきとして格の違いを見せられた気分になった。

 肩の力が抜けて、声が出る。

「大人汚ねー」

「こら!吾輩はロリじゃよ!」

「ロリババア汚ねー」

「分かればよいのじゃ」

「それでいいんだ」

 白崎が失笑して言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る