エピローグ
なかのヒトなんていないからっ!!
「んで、結局こうなるのね。全部無駄だったみたい」
『すみません、まさかこんなことになるなんて……全く予想外でした』
白崎とエレノアは並んで昼下がりの街中を歩いている。
錬村や土井の通う学校周辺の繁華街、人通りはかなり多く、今日が休日である空気を匂わせていた。
白崎は天使の姿で、エレノアは全身西洋甲冑、かなり目立つ格好だが彼女らに目をやる人はいない。
エレノアの能力の類。
「いいのよ。あんたを責めてるわけじゃないし、ただこれだけで良かったって思うとくたびれ儲け感が否めないというか」
苦笑いをして頬をかく白崎、彼女の頭上にある天使の輪はどす黒く染まっていた。
また背中に生える四枚の羽も残らず漆黒へと変わっている。
『堕天する方なんてここ数百年おらず、情報の更新を怠っていました』
「だからいいって。しつこい」
ずっとこんな調子で謝り倒すエレノアに呆れる。
個人に愛され、愛した天使は堕天する。
天界規約には『異種族に恋してはいけない』という文言があり、ここを違反した結果白崎は堕天した。
人を殺してはいけない理由は法律で決まっているからではなく、殺人は人道に反しているから禁止されているように、規約には全て理由がある。
『人々に存在が知られてはならない』のは天使が死人や超常の管理者として、低クリアランスの人類に秘匿されるべき内容を多く保持しているから。
『悪魔が天使に加担してはならない』のは悪魔側の技術を天使に漏洩することを恐れているから。
『異種族に恋してはいけない』のはそれが結果として堕天に繋がるから。
堕天使は天界的にグレーゾーンの存在であり、通例下界に落とされて天使として扱わない。
天界の重鎮が厳しい態度で、堕天使の末路を説明したのだが、白崎はそれを嬉々として受け入れた。
下界に落とされるということは元の生活に戻れる。
天使として扱わない、つまり天界規約に縛られないということ。
とっとと手続きを終わらせ、楽園追放を命じられ、今日に至る。
名家の令嬢が堕天し、天界がてんやわんやしているのは彼女には関係ない話。
数日振りに帰ってくるマンション。
数日振りに入る錬村の家。
一週間に満たない日数だというのに、随分と訪れていないような気分になり、ドアノブを握る手は少し緊張気味だった。
『好きだよ白崎』
あのときの錬村の台詞がリフレインして、心拍数は少しずつ上がる。
こんなにも早く会える嬉しさを押し殺して、扉を開く。
「うおおおおおおお!!やめるのじゃ!!はやまっちゃいけないのじゃあああああ!!」
「やめろ!離せえええええ!僕はこの罪償わなければならないんだああああ!!」
えへろろんと錬村の絶叫がリビングから聞こえる。
「な、なに!?いきなり何が起こってるの!?」
『分かりません、行ってみましょう』
二人は何事かと慌てて部屋に突入する。
そこには白装束を着て腹に短刀を当てようとしている錬村、介錯の為刀を構える土井、その二人をなんとか食い止めるえへろろんがいた。
小さな体で二人の持つ刀を押さえている。
「あのときの僕はおかしかった……ファンと推しという関係を忘れ、状況に呑まれてハイになってた。そんなこと許されないのに、恋愛関係の炎上が一番キツいのに忘れて僕はあんなことを……あんなことを!土井!構わず僕を斬れ!」
「なにを言ってるのじゃ!?今のラムネちゃんの方がハイになってるよ!」
「承知した。向こうで白崎によろしくね」
「承知するなー!!」
ゆらりと持ち上げられた刀は錬村の首めがけて振り下ろされる。
「この世の未練は推しの武道館コンサートくらいしかない、無念っ!!」
「わあああああああ!死ぬな錬村あああああ!!」
涙目で飛び込んだ白崎はヘッドスライディングのような体勢で、錬村の腹に頭突きする。
「ぐぼあっ!?」
壁に激突し、二人は振り下ろされる刀から間一髪避けることができた。
「あっぶない……」
『躊躇なく斬ろうとした人が言う台詞ですか』
呆れたエレノアが少し遅れて、犯行現場に近づく。
「いってえ、なにすんだよ白崎!……って白崎!?なんでここにいんの!?」
頭をさすり、自分の腹部に頭をつける彼女をどかそうとする。
「なんでじゃないよ!戻ってこれたんだよ!というかそんな簡単に死のうとするな!ぶっ殺すぞ!」
「どっちだよ」
強い力で白崎はしがみついていた、涙を隠すように頭をこすりつけ、錬村の存在を実感しているよう。
動かない彼女を動かく気は次第になくなり、肩を掴む手は白髪を撫でる仕草に代わった。
愛おしく、再開を喜んでいる。
「……そっか。そんなことが」
錬村の視線は頭上のヘイローと羽、どちらも黒く変質したそれらに向けられる。
立ち上がり皆が見守る中、堕天した白崎は頬を赤らめてもじもじと体をくねらせた。
「そ、その私は帰ってきたんだけどさ。これからどうすんのよ」
「どう、とは?」
「知らばってくれないでよ、ちょっと前に告白したでしょ?だから、」
いきなり錬村は彼女の肩を掴む。
「ひゃあ」と声を震わせて、上気した頬は真っ赤に染め上がり、目は少しうるむ。
「白崎……」
「ちょっ、なによ!みんな見てるのに!そんな急にっ、でもあんたならいいけど」
「僕はお前のことが好きだ」
「う、うん」
「僕はお前にガチ恋してた」
「えへへ、そうだったんだ」
「白崎、いや臼裂!」
「はいっ!……はい?」
きょとんと何を言っているのか分からない顔をする。
「ただ見てるだけでよかったのに……気が付けば夢小説を漁り、ただの壁ではいられなくなったんだ。編集者として、相棒として、支えてやらないといけない立場だったのに、ファンを越えてガチ恋勢へと変貌を遂げていた。全く馬鹿な奴だよな」
「つまりあの告白は?」
「最後だと思って、厄介オタクかましてしまいました」
「腹切ろうとしたのはそれの贖罪ってこと?」
「そうなりますね」
少し考えるようにして、錬村に指を差す。
「じゃあ私のことは好きじゃない?」
「別に白崎のことが好きってわけでは……」
気まずい無言。
白崎の顔は真っ赤になる、今度は恥ずかしさと怒りで頬を膨らませていた。
踵を返し、足音を立ててリビングから出ようとする。
「帰る!エレノア天界に行けるよう手配して!」
『そんな急にできませんよ』
「出来る出来ないじゃないの!いいから帰る!」
鎧姿の彼女をずるずる引っ張り、部屋から消えてしまう。
錬村はそれに慌てる様子もなく、どちらかと言えば満足げに見送っていた。
「なんであんなこと言ったの?ほんとに好きなくせに」
土井の問いに、苦い顔をする。
「あのときはもうお別れだと思ったから言っただけで、帰ってこれたなら話が違うだろ。活動は続く、つまり恋愛感情なんてものは必要ないんだ」
短く溜息をつく。
「嘘つきなへたれ」
「へたれで結構、なかのヒトなんていない方がいいんだよ」
「うわあーここまで拗らせてる人初めて見たのじゃ」
胸を張る錬村と、それに引く二人。
そこで錬村のポケットに入れたスマホから通知を知らせる機械音が鳴った。
見ればそれは『臼裂くのら』の配信予告の呟きである。
臼裂(しろさき)くのら☁️✂️『噓つきの天使』配信中
23:00~
質問よろしく
【ついに弟登場か!?】実弟にいろいろ聞いていくぞ!【臼裂くのら】
「なにやってんじゃこいつ!?うおおおお白崎いいいいい!早まるなああ!!」
なかのヒトなんていないからっ!! うざいあず @azu16
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