49, お菓子

 一行はしばらくカラメリアに滞在し、特に何事もないまま帰路に着いた。


 異変が起きたのは、カラメリアとロンデルフィーネ王国との国境を越えて間もない時だった。

 長い距離を歩いて疲れた一行は短い休憩を取ることにした。


「もらったお菓子が沢山あるから、みんなで食べよう」


 ブランデンはそう言って、布袋に入れたカラメリアのお菓子を取り出し、テーブル代わりの切り株に広げた。

 シャロンウィンはそれを一つ手に取り、ヘルリンナとマーウェルにも進めた。

 ヘルリンナは喜んでそれを受け取ったが、内気なマーウェルはいつものように恐れ多いからと断った。

 シャロンウィンはお菓子を口に運ぼうとした。


 そのとき、シャロンウィンの直感が危機の訪れを告げた。

 人々を幸せにするはずのお菓子に、どういうわけか何らかの邪悪なものが混じっていることがシャロンウィンには感じられた。


「食べちゃダメ!」


 シャロンウィンは突然叫んだ。

 ヘルリンナは慌てて食べようとしていたお菓子を捨てた。だが、時すでに遅く、事はもう起きていた。


「王子!」


 ペートルヒェンが叫ぶまで、シャロンウィンは目の前で起きたことが信じられなかった。


 ブランデンは意識を失った。


 ブランデンが、シャロンウィンの大切な人であるブランデンが……


……倒れた


「だめ。ああ、何で? どうしちゃったの? ブランデン……」


 シャロンウィンはパニックに陥っていた。

 衝撃が大きすぎて、自分の目の前で起きていることが現実だと思えなかった。

 自分が何を言っているのかも分からなかった。

 何もかも、曖昧な夢のような気がしてきた。


「お嬢様! しっかりなさってください!」


 ペートルヒェンに強く揺すぶられて、シャロンウィンは少しずつ状況が吞み込めてきた。

 そうだ。これは現実だ。どれだけ受け入れがたいものであっても、これは現実なのだ。

 シャロンウィンに今出来ることは、この現実と向き合うことだ。

 もしものことがあった時に備えて連れてきていた医者が、ブランデンの様子を診ていた。


「王子がこの菓子に含まれた毒によって倒れたのは間違いありません。今は非常に不安定で危険な状態です。なるべく早く対処しなければ、王子の命は危ないでしょう」


 医者は冷静に言った。だが、シャロンウィンの方はそれほど落ち着いていられなかった。


「そんな! ブランデンは死んじゃうの?」


 口に出した途端、その言葉が実現してしまうような気がして、シャロンウィンは心が張り裂けそうになった。


「なるべく早く対処しなければ、の話です。まずはゼルインを探しましょう」


 ゼルインは多くの場所で見つけることができ、かつ扱いやすいため、効き目はそれほど強くなくても重宝されている。

 シャロンウィンや他の従者たちは手分けしてゼルインを探しに行った。



 しばらくして、医者はシャロンウィンが見つけてきたゼルインをお湯に浸し、意識を失ったままのブランデンに飲ませた。

 ところが、呼吸が僅かに安定した他に、ブランデンの容態は変化しなかった。

 シャロンウィンは泣き出したいのを堪え、医者と知恵を合わせて様々な治療法を試すことにした。

 日が暮れるまで、二人は思いつく限りの方法を試したが、ブランデンの容態は良くなるどころか、ますます悪くなる一方だった。

 今までは浅い呼吸を繰り返すだけだったのに、次第に熱が出始め、やがては燃えるような高熱に浮かされて、うわ言まで言うようになった。

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