5, ドルウェット城

 「お嬢様、あれがドルウェット城です。もうすぐ着きますよ」


 ペートルヒェンの指さす先を見上げたシャロンウィンは、驚きのあまりペートルヒェンを質問攻めにすることさえ忘れていた。


 最初、シャロンウィンはそれが小高い丘の上にある巨大な岩の塊なのかと思った。

 これほど大きな建造物があるなんて、夢にも思わなかったのだ。

 しかし近づくにつれ、誇らかに突き出した数々の尖塔や、幾重にも張り巡らされた城壁、晴天に翻る色鮮やかな旗々が見えてきた。


 二人はとうとう堀にかけられた跳ね橋までたどり着いた。近くで見ると、改めてドルウェット城の堂々とした佇まいに圧倒されてしまう。

 橋を渡り、ペートルヒェンが衛兵の誰何の声に答えると、角笛が高らかに吹きならされ、辺り一帯にそのこだまが響いた。


 城内で何やら言葉が交わされ、彫刻の施された両の城門扉の間に、隙間ができ始めた。

 これほど大きなものが開くとは予想だにしなかったシャロンウィンは、何が起ったのか最初は分からなかった。

 厚い扉は軋みながらも、この新来者を城内へといざなうように、重々しく開いていった。


「お嬢様、こちらですよ」


 ペートルヒェンに言われて、シャロンウィンは初めて、自分が馬を止めていたことに気づいた。

 シャロンウィンは慌てて自分が乗っている馬に進むよう言った。


「道を開けろ!」


「城門を閉めろ!」


――森の外ってこんなに騒がしかったのね。


 大きな声で交わされる命令や挨拶に、シャロンウィンは耳がつんざけそうだった。

 一日中リンデットの城下町を歩いたおかげで耳が慣れたかと思っていたのだが。


「ペートルヒェン、どうしてみんな、私たちに向かって頭を下げているの?」


 ドルウェット城に対する驚きが冷めて、シャロンウィンの好奇心が再び戻ってきた。

 ドルウェット城の中庭にいる人々は、シャロンウィンに向かってうやうやしく頭を下げつつ、彼女の顔立ちと金髪の、人間らしからぬ美しさに息を呑んでいた。


「私たちではなく、お嬢様に頭を下げているのですよ。お嬢様はロンデルフィーネ王 

 国の救世主でいらっしゃいますから」


「じゃあ、どうして救世主に頭を下げるの?」


「敬意を示すためでございます」


 敬意のことは、リンデット城でペートルヒェンから聞いたが、上下関係を持ったことのないシャロンウィンには今一つ理解できていなかった。


 そういえば、ペートルヒェンは国王アルトリアに会ったら、忘れずにお辞儀をするよう言っていた。

 覚えておかなくちゃ。


 中庭を通り、主塔の入り口に来ると、ペートルヒェンは馬を止めた。

 シャロンウィンも馬を止める。

 すぐさま衛兵が駆け寄って来て、手を差し伸べた。


「何してるの?」


 シャロンウィンは、衛兵が手を差し伸べた意図が分からず、首を傾げた。


「馬から降りるのに、手をお貸ししているのです」


 衛兵は自分が答えていいのかどうか分からず、小さい声で言った。


「あら、ありがとう。でも大丈夫よ。毎日ユニコーンに乗っていたから、慣れている 

 の」


 シャロンウィンはチェルニーのことを思い出して、もう会えないことに悲しくなったが、慣れた仕草で馬から飛び降りた。


 衛兵は次にシャロンウィンが乗ってきた馬を馬屋に連れて行こうとして、また戸惑ってしまった。


 馬には手綱がついていなかったのだ。


 シャロンウィンはフェルカの森を出てすぐ、邪魔だから馬具を全て外してくれとペートルヒェンに頼んだ。

 ペートルヒェンは言われた通りにして、外した馬具はリンデット城においてきてしまったのだった。


「お嬢様、その馬に、衛兵の後に続くようご命令ください」


 事態を察したペートルヒェンが言った。

 リンデット城に泊まったとき、シャロンウィンは召使いが馬の世話をしてくれることを学んでいたから、「私が連れて行くわ。」などとは言わず、素直にペートルヒェンの言葉に従った。


 可哀想な衛兵は、馬がシャロンウィンの言うことを聞いたのを見て、ますます驚いてしまった。

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