6, アルトリア王

 シャロンウィンとペートルヒェンがドルウェット城の大広間に入ると、何人もの護衛を従えたアルトリア王が堂々と立っていた。

 シャロンウィンはペートルヒェンに言われていた通り、国王に向かって深々と頭を下げた。


「待ちかねたぞ、ペートルヒェン。それでは、この少女がシャロンウィンなのだ 

 な」


 王は念を押すような口調でペートルヒェンに言った。


「さようでございます、陛下」


 ペートルヒェンが顔を上げていたから、シャロンウィンも顔を上げた。

 すると、彼女の視線とアルトリア王の視線がまともにぶつかった。


 アルトリア王の青い瞳には計り知れない叡智と僅かな悲しみが湛えられており、威厳に満ちていた。

 彼は背が高く、黄金色の髭を生やし、がっしりとした体に深紅のマントを羽織っていた。

 彼はしばらくの間シャロンウィンのことを見つめていたが、やがてこう言った。


「ご苦労。長旅で疲れたことだろう。二人とも部屋で少し休むといい。昼食には遅い

 が、何か食べ物を持って行かせよう。そこの二人、今からシャロンウィンを部屋に

 連れていってやりなさい」


 アルトリア王に呼ばれた侍女たちは進み出ると、王にお辞儀をし、「こちらへ」と言ってシャロンウィンを大広間から連れ出した。

 ペートルヒェンも後ろからついてきたが、すぐにシャロンウィンたちとは反対の方向に曲がって行ってしまった。



「ドルウェット城ってなかなかいい場所ね。私は森の方が好きだけど。でも、ここだ

 って思っていたより素敵だわ。そうじゃない?」


 シャロンウィンは歩きながら、侍女の一人に話しかけてみた。

 しかし、彼女はちょっとシャロンウィンのことを見ただけで何も答えてくれなかった。


「ここでは、歩きながらしゃべっちゃいけないの?」


 もう片方の侍女も答えてくれなかった。


 シャロンウィンは突然とても寂しくなった。

 フェルカの森にいたときは、シャロンウィンが何か言えば、動物たちが必ず何か言ってくれた。

 人間の言葉は話さなかったが、シャロンウィンには彼らの気持ちが分かった。

 だが、ここでは皆が人間の言葉を話すはずなのに、誰が何を考えているのかちっとも分からない。


――チェルニーは今頃どうしているだろう?

 ペートルヒェンが来てから、シャロンウィンはすぐに旅立ったから、彼に直接お別れを言うことができなかった。

 ただ、小鳥に伝言を頼んだだけだ。

 他の友人たちも同様だ。

 彼らは、噂好きの春風や、おしゃべりな白樺の乙女たちから、シャロンウィンがフェルカの森を旅立ったことを知るのだろう。


 親鳥を亡くした鷦鷯のヒナはどうなったろう?

 足を怪我した狐は?

 皆に木の実を取られていた、気の弱いリスの男の子は?

 自分がいなくても、皆ちゃんとやっていけているだろうか?

 フェルカの森を出るのがこんなに辛いことだったなんて、今まで想像したこともなかった。

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