2, リンデットの城下町

「ねえ、ペートルヒェン、あれは何?」


「あれは荷馬車でございます。荷物を運ぶためのものです」


 もう何百回目にもなるシャロンウィンの質問に、ペートルヒェンは相変わらず律儀に答えた。

 国王が待つドルウェット城まで、フェルカの森からは馬でゆっくり行けば二日の距離だ。

 二人は今、フェルカの森とドルウェット城の間にある、リンデット城の城下町にいた。


「ニバーシャを引いている耳の長い、馬のような動物はなあに?」


「お嬢様、ニバーシャではなく、荷馬車でございますよ。あの動物は騾馬です」


 ペートルヒェンはシャロンウィンの質問攻めをちっとも苦にしなかった。

 それどころか、ペートルヒェンには、この野育ちの未熟な少女が可愛くて、愛おしくて仕方がないのだ。

 彼と妻の間には子供がおらず、子供というものに関わる機会がなかった。

 だが、この少女はたちまち彼の心を掴んでしまったのだ。


「どうして騾馬に引かせるの? 好きに走らせてやればいいのに」


 自然の中で育ったシャロンウィンにとって、人間が動物に荷物を引かせるということは理解しがたい行為だった。

 シャロンウィンは乗っていた馬から降りると、パッと駆け出し、止まっている荷馬車の前に来ると、騾馬をつないでいる革紐を解こうとした。


「お嬢様、お待ちを!」


 ペートルヒェンは慌ててシャロンウィンの後を追ったが、彼女の足の速さには敵わない。

 人混みをぬってようやく荷馬車にたどり着くと、幸いにもシャロンウィンは革紐を解こうとしている最中だった。

 シャロンウィンは、生まれて初めて見る留め金に悪戦苦闘している様子だった。


「お嬢様、そんなことをしてはいけません。荷馬車の持ち主が困ってしまいます」


 ペートルヒェンは息を切らしながら言い、シャロンウィンを優しく荷馬車から遠ざけようとした。


「だけど、騾馬だって困っているわ!」


 シャロンウィンはペートルヒェンの手を振り切ろうと、革紐を握りしめたままもがいた。


 その途端、信じられないことが起こった。


 しっかり留めてあったはずの留め金が、一瞬にして外れたのだ。



「お嬢様、何をなさったのですか?」


 ペートルヒェンはぎょっとした。

 シャロンウィンが触ってもいなかった留め金でさえ、外れて革紐と共に地面に落ちていた。

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