第一章 森から来た少女

1, 旅立ち

 ある日、フェルカの森の端の方を散歩していた時のこと、シャロンウィンは人間に出会った。

 人間に会うのは人生で二度目だ。


「変な格好!」


 それが、彼に対するシャロンウィンの第一印象だった。

 実際のところ、彼は城の召使いとしてごく普通の格好をしていたのだが、シャロンウィンの知ったことではなかった。

 シャロンウィン自身が纏っている純白のドレス、それが彼女の知る唯一の衣服だった。


「あなたが、シャロンウィンお嬢様でございますか?」


 彼は尋ねた。


「そうよ」


 シャロンウィンは答えた。

 邪悪を知らないシャロンウィンには、用心や疑いといったことは無関係だ。

 それに、彼女には特殊な直感があり、その直感は彼に従えと告げていた。


「私はロンデルフィーネ王国のペートルヒェンと申します。

 只今ロンデルフィーネ王国に危機が迫っておりまして、国王陛下が賢人サリヴァンダーにご相談なさったところ、フェルカの森に住むシャロンウィンという娘の力を借りるがよいと助言を頂きました。

 よろしければ、王国へ来ていただけませんか?」


 ペートルヒェンは白髪混じりの髪をこぎれいに束ね、背筋をしゃんと伸ばした、気品のある人だった。

 声には落ち着く響きがあり、シャロンウィンはすぐに彼のことが気に入った。


「いいわ」


 正直、ここを出るのは気が進まなかった。

 フェルカの森はシャロンウィンの父であり、母であり、兄弟であり、友人であり、故郷だった。

 しかし、これはシャロンウィンの、賢人サリヴァンダーとの約束だった。


 かつて、サリヴァンダーはまだ幼かったシャロンウィンに言った。


――お前にフェルカの森を与えよう。そして、時が来るまでそこに住まうがよい。時   

  が来ればおのずと分かる。それまではここを出てはならぬ。お前を守るためだ。

  よいか、これは私とお前との約束だ。


 シャロンウィンは約束通り、フェルカの森から一歩たりとも外に出なかった。


 だが、これからは違う。


 シャロンウィンには分かっていた。


 時が来たのだ。

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