56, 裏切り者

 誰もが固唾を飲んで見守る中、ブランデンはゆっくりと目を開いた。


「ブランデン!」


 彼は少しの間、不思議そうにあたりを見回していたが、やがて倒れる前の記憶が戻ってきたらしかった。


「シャロンウィン……」


 ブランデンが意識を取り戻したことが分かり、医務室中が大歓声に包まれた。


「ブランデン王子はどうなった? 無事なのか?」


 そう言いながら医務室に入ってきたのはアルトリア王だ。


「はい。たった今、お嬢様が王子にお薬を飲ませたところです」


 アルトリア王は心から安堵の笑みを浮かべた。


「よかった。すまないが、私は早急にブランデン王子、シャロンウィンと共に話し合わねばならないことがある。席を外してもらえないか?」


 そこで、ブランデン、シャロンウィン、アルトリア王を残し、その場にいた者たちは皆出ていった。


「シャロンウィン、無事に帰って来たんだな。王子も元気になったようで良かったよ」


 アルトリア王は微笑みを浮かべて言った。


「ええ」


 思ったよりも素っ気ない返事をしてしまった。

 カラメリアにいた頃、ペートルヒェンから聞いた話のおかげでアルトリア王との関係がぎくしゃくしていたからだ。


「それより、誰がブランデンにこんなことをしたのかしら?」


 シャロンウィンは、声をひそめた。


「そんなの決まっている。カンデー王が我々を裏切り、土産の菓子に毒を仕込んだのであろう。メルダインはコールボール城から脱出した君を殺したがっている」


「君が見つけた蛇の印のことだって辻褄が合うよ」


 ブランデンも言った。蛇の印の話を聞いていなかったアルトリア王は少し驚いたようだった。


「だけど、お土産に毒を盛るなんておかしいわ。私たちがバニルチェスター城にいる間、ブランデンやアルを暗殺するチャンスはいくらでもあったはず」


「誰の仕業か分からないようにしたかったのかもしれないよ」


「それなら、他のものに毒を盛るべきだわ。カラメリアのお土産に毒を入れるなんて、疑ってくださいと言っているようなものじゃない」


 これは、二人とも認めないわけにはいかなかった。それどころか、ブランデンはこんなことまで言い出した。


「考えてみれば、僕は帰る途中、あのお土産のお菓子を何度も食べたはずだった。だけど、倒れたのはあの時だけだったよ。


 ……ということは、毒を盛ったのはカラメリアの人間ではなく、旅の一行の中の誰かということだよね」


 旅の一行の中の誰かが、お菓子に毒を入れた? シャロンウィンは信じられなかった。


「そいつはもしかすると、以前から城での出来事をメルダインに知らせていたのかもしれない。

 それなら、メルダインがシャロンウィンの情報を掴んで暗殺者を仕向けたことも、盗賊にブランデンを襲わせたことも説明がつく。

 すぐにでも、犯人を捜すために取り調べを始めなければならないな」


「ちょっと待って! その前に少し様子を見た方がいいわ。本人が自分から罪を告白するのが一番良いでしょ?」


 シャロンウィンはどうしても、ドルウェット城に裏切り者がいると考えたくなかったのだ。

 これは直感というより、ただの願望だった。


「いいだろう。だが、待つのは三日だ。城の中に裏切り者がいると分かった以上、みだりに重要な情報を人に漏らさないよう、気を付けてくれ」


 そこで話がまとまり、シャロンウィンとアルトリア王は医務室を出ていった。

 ブランデンをもう少し休ませなければならない。

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