55, 間に合って!
シャロンウィンの頭は、もうブランデンのことでいっぱいだった。
一刻も早く彼にプレテリーアの蜜を飲ませなければ!
シャロンウィンがチェルニーに跨るや否や、チェルニーは放たれた矢の如く走り出した。
サリヴァンダーにお別れの挨拶をする暇もなかった。
そして、気がつけばチェルニーはシャロンウィンを森の外に連れ出していた。
フェルカの森のことなら何でも知っているはずのシャロンウィンだったが、プレテリーアが咲いている場所に見覚えはなかった。
あそこが森のどの辺りに位置するかさえピンとこない。
だが、フェルカの森では時々不思議なことが起こるため、シャロンウィンはあまりそのことを気にしなかった。
――もしかすると、これも魔法というものかもしれないわ
シャロンウィンは思った。
それより、今は急いでブランデンの元へ行かなければならない。
――もう少しだけ待っていて、ブランデン。すぐに助けるわ
□■□■□■
アルトリア王、ブランデンをはじめとする一行は、ついにドルウェット城にたどり着いた。
ブランデンの様子が急変して以来、彼らは夜を徹して馬を駆ってきたが、ブランデンは辛うじて生きているという状態で、いつ悪化して最悪の事態になってもおかしくなかった。
「ああ、ブランデン! どうしてこのようなことに? あなたが倒れたという話が間違いであればと必死に願っておりましたのに……」
ルヴェーヌ王妃は元々顔色が優れなかったというのに、さらに青ざめている。
召使いたちがやってくると、ブランデンを担架に乗せ、ドルウェット城の医務室に運んでいった。
ペートルヒェンも、ルヴェーヌ王妃を支えつつ、医務室に行った。
彼は、自身が長旅で疲れていることなどすっかり忘れ、ブランデンを救うために出来る限りのことをしていた。
ところが、ブランデンの様子をひと通り診た医者は言った。
「今ご存命なだけでも奇跡かと存じます。非常に強力な毒を盛られた様子です。残念ですが、王子をお助けする手立てはもうありますまい」
「ああ、そんな……」
ルヴェーヌ王妃は今にも倒れてしまいそうになった。
医務室はもう混乱状態だった。
そのとき、大きな音とともに医務室の扉が勢い良く開いた。
途端に、医務室は静まり返った。
そこにいたのは、傷だらけで、長い髪に葉っぱやツタなどを絡ませ、全身埃まみれになった少女だった。
ペートルヒェンたちとて疲れていたが、それも彼女の疲労に比べれば、何倍も軽いように思えた。
「お嬢様! 良くご無事で……」
「ブランデンは? 大丈夫なの?」
シャロンウィンは、ブランデンが医務室の奥に横たわっているのを見つけるや否や、覚束ない足取りで彼のもとに駆け寄った。
だが、ブランデンは浅い呼吸をするだけで、何の反応も示さなかった。
「ああ、間に合ったのね……」
そして、シャロンウィンは呆気にとられる人々をよそに、布のポーチから葉で包んだ木の器を取り出した。
シャロンウィンがブランデンの口を優しく開け、そこにとろりとした器の中身を注ぎ込む様子を、ペートルヒェンはただ見ていることしかできなかった。
それから、長い沈黙が訪れた。
医務室にある全ての目が、今やブランデンに向けられていた。
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