69, 樫の木

「僕がそんなことをすると思う?」


 ジャールは傷ついたように言った。実際、ちょっと傷ついてもいた。


 シャロンウィンはなおもジャールから逃げようともがいていたが、突然、抵抗をやめてジャールに寄りかかってきた。


「ごめんなさい、もう分からないの。誰が裏切り者で、誰がそうじゃないのか」


 シャロンウィンの声は微かに震えを帯びているように思えた。

 そして、ジャールはシャロンウィンの苦しみを少しでも和らげてやりたいという気持ちでいっぱいになった。


「シャロン、疑心暗鬼になって信用できないものを排除しようとしていては疲れてしまうよ。

 だから、信用できないものではなくて、信用できるものを選ばなければいけないんだ」


 腕の中のシャロンウィンは、記憶にあったより随分小さく、頼りなげに見えた。それとも、自分が大きくなったのだろうか?

 ジャールはふとあることに気がついた。

 ここは、シャロンウィンと会ったばかりの頃、ギルベッカから逃げたときに隠れた大きな樫の木の下だった。

 だからここだけ雨粒があまり当たらないのだ。


「この世は裏切りに満ちていて、真実が見つからないことも多いかもしれないけれど、命を懸けてでも守りたいと思うものだってある。

 何も信じられなくなったときにも、道しるべとなってくれるものがね」


 シャロンウィンはあの萌える若葉のような瞳でジャールを見上げた。

 心なしか、そこには光が戻ってきたように見える。


 だが、雨でびっしょり濡れたシャロンウィンの体は震えていた。

 この大雨の中を城まで歩いて行けば風邪を引くし、かといってジャールは上着を持ってきたわけでもない。

 二人は樫の木の下で、できるだけ体を寄せ合って座り、雨が止むのを待つしかなかった。

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