21, アル

「暗くなる前に帰って来いと言ったではないか!」


 思った通り、アルトリア王は帰りが遅くなったことに怒った。

 これは、シャロンウィンを心配してのことであって、彼が怒りっぽいせいではないということが、ペートルヒェンには分かっていた。


「申し訳ございません。帰り道、事件がありまして……」


「事件? 何があった?」


 そこでペートルヒェンは暗殺者に遭遇したことや、シャロンウィンが魔法を使ったことなどを報告した。

 話を聞くうちに、怒りで赤くなっていたアルトリア王の顔は、みるみるうちに青ざめていった。


「謎の暗殺者だと? そやつは一体何が目的だったのだ?」


「シャロンウィンお嬢様です、陛下。私は奴の目を見ました。奴の目的はただ一つ、お嬢様を殺すことだけでした」


「シャロンウィンは大丈夫か?」


「お怪我はありませんでしたが、かなりショックを受けているご様子です。今はお部屋で休まれていますが、お呼びいたしましょうか?」


「いや、私が行こう。付いて来てくれ」



 ペートルヒェンとアルトリア王がシャロンウィンの部屋に行くと、彼女は窓枠に腰掛けて、ぼんやりと中庭を見ていた。

 侍女が運んできたらしい食事がテーブルに置いてあったが、一口も食べられていないようだ。


「シャロンウィン、大丈夫かい?」


 アルトリア王の声があまりに優しくて、ペートルヒェンは驚いた。


「王様、私、やっぱりメルダインと戦うなんて無理だわ」


 ペートルヒェンは急に虚しくなった。

 コールボールの魔女と戦うのは、15歳くらいの少女には重すぎる使命だ。

 ペートルヒェンは、使命の重みに押しつぶされそうなシャロンウィンを見ていながら何もしてやれない自分に腹が立った。

 自分の無力が悔しかった。


「どうしてそう思うんだい?」


「だって、私はメルダインの敵じゃないから。私はむしろ、メルダインと同類だわ。ペートルヒェンが止めてくれなければ、平気で人を殺していたかもしれない」


「お嬢様は、ちっともメルダインと似ていませんよ」


 ペートルヒェンは、この3日間シャロンウィンを見ていて、彼女の魔法には2種類あることに気づいていた。

 一つはシャロンウィンが意図的に使う、美しい魔法。

 ダンジェリー村に雨を降らせたのは、この魔法だ。

 もう一つはシャロンウィンの感情が高ぶった時に使われる、危険な魔法。

 リンデットで騾馬をめぐってトラブルになったときや、暗殺者に遭遇したときに使った魔法は、前者よりも力が強いが制御は難しいようだった。


 魔法はシャロンウィン自身とよく似ている。

 思わずため息を漏らすような美しさと、野性的で危険な荒々しさの両方を秘めていた。

 ペートルヒェンはメルダインの魔法を直に見たことがなかったが、メルダインにはシャロンウィンの美しい方の魔法を使うことはできないだろうと思った。


 シャロンウィンは、ペートルヒェンの言葉を聞いて少しだけ、笑顔を取り戻した。


「さあ、もう夜も遅い。君はもう寝なさい。お休み、シャロンウィン」


「お休みなさい、王様」


 アルトリア王は部屋を出ていきかけたが、少し考えてからまたシャロンウィンの方に向き直った。


「私のことはアルと呼んでくれ」


 ペートルヒェンは自分の耳を疑った。

 若い頃からアルトリア王に仕えてきたが、彼をアルと呼んだのはペートルヒェンの知る限り二人しかいない。


 そんなことを知らないシャロンウィンは小さく微笑み、頷いた。

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