33, 馬上槍試合

 大きな声援と共に、赤いサーコートを着た騎士が白馬に乗って登場した。

 反対側には、白の牡鹿のマークを描いた盾を持つ、コールボールの騎士がいる。


 二人は青々と萌える芝生の上を馬で駆け抜けた。


 相手を偽物の槍で突いて落馬させることができれば、その騎士はトーナメントで勝ち上がることができる。

 そのためには馬を全力で走らせ、勢いを最大限に利用しなければならない。


 馬の速さが最速に達したとき、両者はちょうど広場の中央にいた。


 二人の騎士は、お互いを力いっぱい槍で突いた。


 ロンデルフィーネの騎士は上体が傾いたものの、何とか相手の槍を盾でかわした。


 一方、コールボールの騎士は槍の衝撃を受け止めきることができず、バランスを崩して落馬した。


 ロンデルフィーネ側の観客席からさらに大きな歓声が上がった。


「何て大きな音……」


 シャロンウィンは耳をふさいだ。

 ドルウェット城に来てから早3週間。騒音には慣れたと思っていたが、これほど大勢が集まってこれほど大きな音を立てているのは初めてだ。


「大丈夫かい?」


 隣にいるジャールが心配そうに言った。


「ええ。歓声が大きくてビックリしただけよ。それより、あの人はメルダインかしら?」


 シャロンウィンはゴルバス国王の隣の席に座る人物を指差した。

 コールボール王ゴルバスはコールボール観客の中央にある台座の上の天蓋付きの椅子に座っている。


「多分ね」


 ジャールは頷いた。

 メルダインの顔はドレスとお揃いの麻色のヴェールに隠れて見えなかったが、艶やかな黒髪が腰まで垂れていた。


 シャロンウィンはなぜか、その姿に違和感を覚えた。

 メルダインの話を聞いて想像していたような邪悪な雰囲気は全くない。


 しかし、シャロンウィンはその違和感をすぐに忘れてしまった。


「あっ! シャロン、隠れて! アルトリア王がこっちを見てるよ」


 シャロンウィンは素早くジャールの言う通りにした。

 アルトリア王に見つかっては大変だ。リリア姫が二人のために場所を確保してくれて良かった。


 シャロンウィンとジャールは身を低くかがめたまま、顔を見合わせて微笑んだ。

 悪いことだと分かっているが、アルトリア王に秘密で馬上槍試合を見るのが楽しくないと言えば噓になる。


――ジャールの瞳はこんなに黒くて素敵だったかしら?


 シャロンウィンはふと思った。

 そのとき、ひときわ大きな歓声が沸き起こった。


「サー・ヘッドランだ!」


 ジャールは身を乗り出した。

 サー・ヘッドランのことは、シャロンウィンもリリア姫から聞いたから知っている。

 彼はロンデルフィーネ王国の中でも、かなり強いとされる騎士の一人だ。

 辺境の農家で生まれたが、若くしてたくさんの功績を立てたため、騎士に取り立てられた。


 しかし、シャロンウィンは馬に跨って走るサー・ヘッドランを見て顔を曇らせた。


――これが本当に強い騎士なの?


 馬の上で体を強張らせているせいで、馬が走ったときに体が大きく上下して不安定だ。槍と盾の持ち方も覚束ない。

 やがて、観客たちの歓声もいつしか囁き声に変わって言った。


――サー・ヘッドラン、どうなさったのかしら?


――体調が優れないのでは?


 そんなに囁きが、二人にも聞こえてきた。


 でも、試合はもう始まっている。


 サー・ヘッドランと相手の騎士は広場の端から馬を走らせた。


 サー・ヘッドランは不安定に上体を揺らしながら、相手の騎士に向かっていく……

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