8, ジャール

 そのとき、近くにあった馬小屋から、馬のいななきが聞こえてきた。


 そういえば、私が乗ってきた馬は元気かしら?


 シャロンウィンは気になって、木から降りると馬小屋に向かった。

 馬小屋では、一人の少年が暴れ馬を手懐けようとして、逆に馬に引っ張り回されていた。

 大きな黒い馬は到底、少年の手には負えなさそうだ。


 私の出番ね。


 シャロンウィンは一人うなずき、そっと馬に近づいた。

 シャロンウィンが優しく馬の首をなでると、馬は一瞬にして大人しくなった。


「どうやったんだい?」


 少年は信じられないという目でシャロンウィンを見た。


「ペートルヒェンとアルトリア王以外で私に話しかけてくれたのはあなただけね。でも残念ながら、私は質問に答えられないわ。だって、どうやったのか分からないんだもん。ペートルヒェンはこの力をマホウって言っていたわ」


 少年は大きく目を見開いた。

 そして、シャロンウィンの金髪と白いドレスをみとめると、恐れをなしたように後ずさりした。


「あなたはロンデルフィーネ王国の救世主にして強力なる魔力の使い手、風を自在に操る者、フェルカの森の乙女シャロンウィンですね」


 シャロンウィンは、急に少年の態度が変わった理由が分からなかった。


「私は魔力の使い手でも、森の乙女でもないわ。誰がそんなこと言ったの?」


「リリア姫の侍女たちが話していたのを耳にしました。あなたが竜巻を起こして大の 

 男を吹き飛ばしたと」


 どうして、リリア姫とやらの侍女がこの話を知っているのだろう?

 それも、かなり誇張されている。

 ペートルヒェンがそんなことを吹聴するとも思えない。

 それに、少年が突然よそよそしくなったことも、シャロンウィンには気になった。


「ねえ、さっきみたいに話してよ。友達みたいに」


「しかし、対等に話してはあなたに失礼ですから。お怒りに触れて、飛ばされたくはありません」


 シャロンウィンは呆れてしまった。

 友達のように話しかけて欲しいと頼んでいるのはこっちなのだから、怒るはずないのに。


「私がそんなことをすると思う?」


 シャロンウィンは傷ついたように言った。実際、ちょっと傷ついてもいた。


「……そうだよね。馬をなだめてくれた君が、そんな恐ろしいことをするわけがな 

 い。ごめん。あっ、言い忘れてたけど、僕はジャールだ」


 純粋で、身分にこだわりを持たないジャールは、すぐにまた元の話し方に戻った。  

 それから、握手を求めてシャロンウィンに手を差し出した。

 だが、シャロンウィンにはジャールが何をしようとしているのか分からなかった。


「握手だよ。知らないのかい?」


 シャロンウィンが首を振ると、ジャールはシャロンウィンの手を取って自分の手を握らせ、軽く振った。


「友達になった時とか、仲直りした時には、こうやって握手をするんだよ」


 ジャールはそう言ってぎこちなく微笑んだ。

 シャロンウィンは、ジャールの頬が少し赤くなっていることに気がついた。

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