14 恋バナ


「で、エリクとはどうなの?」

「えぇっ!?」

「この間のあれ、説明してもらわないと」


 プライベートな話だからと、部屋にメリルを呼び、詰め寄った。ぽふぽふと湯気のようになったメリルの頭は熱を持っていて、このままでは消えてなくなってしまうかもと本で扇ぐ。


「どうもなにもその……」

「私には言えない?」

「そういうんじゃなくって……!」


 両腕で全力でガードするメリルと泣き落としで勝とうとするリリスティア。うっ、うっ、というメリルの抵抗する声に少し可哀想に思いながらも、いい加減この話に決着をつけなくてはとリリスティアの意志は変わらない。


「は、はずかしいっす」


 熱を帯びた声でそんなことをいうものだから、思わず照準がズレてしまった。母直伝のペン攻撃により、買ったばかりの羽根ペンがメリルの服の裾に刺さる。   

 ギョッとするメリル。にこやかなリリスティア。

 リリスティアには、困ったときには母の教えに頼るという致命的な弱点があった。今回のは、"困ったときの力技"、だ。

 当然メリルは怯えた。


「はっ、話します!話しますからぁ!!」


 「リリス様ってばひどいっす……」と恨めし気な顔でメリルは服を正した。


「話しますけど、そんなにたいした話じゃないですからね」


 「わかってます?」と呆れた声でメリルが言う。

 しかしそれよりも今は、恋バナだ。


 リリスティアは前世今世含め、恋バナというものに馴染みがなかった。前世の友人は男っ気がないか、秘密主義の女ばかりで、恋バナのこの字も見られなかったのだ。

 そのためリリスティアは一度でいいから友達と恋バナがしたい!惚気話を聞きたい!と思っていた。それが今叶いそうなのだから、当然興奮も暴走もする。


 期待に目を輝かせながらメリルの話を待つ。それをやりずらそうな顔でメリルは見ていた。



◇◆◇


「前にも言ったと思うんすけど、自分、孤児で……その、エリクとは同じ孤児院出身なんです」


「エリクは子供の頃からすごくて、なんでもできて……皆のお兄ちゃんだったんすよ」


「そんなエリクに憧れて、す……すきに、なって…………それで自分も助けられるばかりじゃなく、エリクを助けられるようになりたいって思ったんす」


「だけどエリクはどんどんどんどん進んでいっちゃって、遠い人みたいに思いました。『俺はサルディア学園へ行く』って言われた時には、何言ってんだコイツ……とは思いましたけどね」


「だけどそれからエリクは、前にもまして勉強するようになったんです。そりゃあもう孤児院の皆が心配になるくらいに毎日毎日勉強して……『学園に入学するだけじゃ足りない』とか言って、それ関係ある?ってことにまで手を出し始めて……」


「これ、エリクが13の時の話っすよ?正直な話、今の自分よりも大人でした。」


「エリクに影響されて、自分も勉強を始めました。要領がいいわけでもない自分は血反吐を吐くような思いをしました。エリクみたいにはどうしてもできなかったけど、それでもエリクに追いつきたくて。エリクに誇れる自分であろうって、幼いながらにだいそれた夢を抱いてたんす」


「エリクがいなくなったら寂しいな、大丈夫かな……とか考えてたら、ついにエリクの学園への入学が決まって、皆でおめでとうっ!てお祝いして……」


「幸せでした。エリクも満更でもない顔してましたし」


「だけどそんな時、事件が起きたんす」


「孤児院に人攫いがやってきて、自分たちをまとめて攫って行こうとしました。刃物を首にあてられて、真っ赤な血も流れてて、皆怖くて泣いていました。自分より小さな子を守らなきゃ!って泣くな泣くなと活を入れて、自分なりに反抗はしていたつもりです」


「だけどそれじゃ足りなかった。孤児院の大人が、一人見せしめに脚を切られたんです。幸い傷は浅くて助かりましたけど、今でもあのときのことは夢に見るっす」


「人攫いの目的は、顔のある子ども──10歳よりも下の子でした」


「顔──とくに10歳から15歳の顔はものすごく貴重で、裏で信じられないくらい高値で売られていると、後で知りました。人攫いたちは子供を捕まえて、その年になるまで育ててから売りさばく気だったんです」


「自分はギリギリ首だけだったんで助かったんすけど、結局何人か連れ去られて──」


「地獄のような光景でした。──怖かった。恐ろしかった。行ってくれてよかった。助かった。助かった。──顔がなくてよかった」


「そう、思ってしまった自分がなによりも恐ろしくて怖くて──」


「『みんなを取り返しに行く』」


「そう言って、エリクは一人孤児院を飛び出して行きました」


「帰ってきた時にはボロボロで、血も出てて……子供たちと──それから知らない大人も一緒でした。無事でよかったと皆してわんわん泣きました。よかった、本当に。自分もそう思いました」


「だけど素直に喜べない自分もいました」


「『どうして自分も連れてってくれなかったんすか?』」


「当時は本気で思いました。なんなら今でも思います。エリクのことだ。何か考えがあって飛び出して行ったんだろう。考えがなくとも、エリク一人の方がまだマシだと、勝算がわずかにでもあったのかもしれない」


「連れて行けとは言わない。……でも、でもせめて、自分はエリクに相談してほしかった。頼ってほしかった」


「そんなに自分は頼りないか?」


「そんなに自分たちは頼りないか?」


「悔しかった。自分はエリクにとって守られるだけの、ただの妹だと気づいてしまったんです」


「悔しくて情けなくて、エリクが学園に向かって孤児院を出る日も、自分は素直に送り出せませんでした」


◇◆◇



「──あとはこの間見てもらった通りっす。自分はまだ、一人でなんの相談もなく危険に挑んだエリクを許せそうにない」



「てあれ?リリス様……?」


 想像以上というか想定外の思い出を語られ、リリスティアはそれを受け止めきれないでいた。本当はもっと、嬉し恥ずかし……みたいな話が聞けると思っていたのだから当然といえば当然である。……そんなシーンは冒頭の3文で終わってしまったのだが。


「メリル、貴女ってその……ただぽわぽわしているだけじゃなかったのね」


 しみじみとそう言えば、「ちょっとリリス様!それどういう意味っすか?!」と抗議の声が上がった。リリスティアはわりと本気でメリルはあまり考えていない子だと思っていたのだ。さもありなん。


「……その、先日はお見苦しいところを見せてすまなかったっす」

「もしかしてラウンジでのこと?」

「はい……」


 そんなに見苦しかっただろうか?確かに二人の間に何か複雑な事情があることは見て取れたが、それだけだ。リリスティアが大丈夫だと微笑めば、メリルもほっとした様子。安心させようという意図が伝わったようでなによりだ。



──『ニコラス殿下、誤解なら誤解と言わないからこうなるんだ』

──『うーん、そうは言っても彼女、あれで頑固なところがあるから』

──『だからと言って言葉を惜しむんじゃない。後で後悔することになっても知らんぞ』


 エリク・スピーシア。

 黒髪に鋭い眉と鋭い目。そして眼鏡をかけた完璧人間。メリルの好きな人──。


(これは……思い切り自分にブーメランしているわね)


 あの後ニコラス王子にからかわれていそうだと、内心少し、エリクに同情した。


(でも待って。もしかしたら経験談からくる忠告の可能性も……だとすれば…………)


 ニコラスに自分のような失敗をするなと言っているのであれば、恋愛的な意味かはわからないが少なくとも大切にはされているはずだ。  


「メリル」


 だから、わかりきってはいるものの、これだけは一応聞いておかなければならない。


「それでもエリクのことは好き?」



「…………そりゃあ、……はい」


 真っ赤に染まった頬と伏せられた潤んだ瞳は、恥ずかしそうに桃色の液体へと姿を変えた。


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