11 兄弟


「レオ、手を抜いているんじゃない?キレが悪い、よっ!!」


「兄上こそ、いつもの余裕は何処にいったんです、か──っ!?」


 カキンッ、と剣が弾き合い、ニコラスとレオポルドの額には汗が滲んでいる。 

 それはリスティとグレイソンには引き出せなかったもので、二人が本気ではなかったという何よりの証拠だ。




「見て……あなた、ニコちゃんとレオちゃんがぶつかっているわ」

「そうだな。……実に長かった」


 ロベッタは目に涙を浮かべ、ルドヴィルクは鼻を赤くした。


 レオポルドは家族に対し、言葉で壁を作った。そんなレオポルドが壁を作ったままとはいえ、真正面から兄・ニコラスとぶつかっている。二人にとってそれは、とても喜ばしい成長だったのだ。



「ねぇ、どうして決闘だなんて言い出したの?」

 レオポルドにだけ聞こえるようにニコラスは問う。

「君がセーラを望むなら、僕は喜んで、セーラを君の婚約者にしたのに」


 どちらを選ぶ?というニコラスの言葉に、セーラは迷いながらも最終的にニコラスを選んだ。

 その間レオポルドは何も言ってはこなかったし、セーラも特別自分を欲しているという風にも見えなかった。


 ────少なくとも表面上は・・・・・・・・・



「おれには兄上の考えなど、かけらもわかりません。

 だがこれだけは言える──!あいつはおれたちが好き勝手していいような、

 ……物のように扱っていい存在じゃあない……!」


 レオポルドが目を鋭く見開きながら、力の限りを乗せた一撃を、下から上に押し上げる。

 しかしそれを間一髪のところで、ニコラスは受け止めた。


「っ!……あいつは人間で、ただの被害者だ」


 レオポルドの剣が弾かれ、お互いに距離を取る。


「…………そう思っているのは君だけだよ」


 そう言ってニコラスは、レオポルドを悲しげに見つめる。ごめんね、とでも言うように────。




『何を話しているのかまったくもってわからないが、なにやら白熱している様子……。

 きっと、兄弟水入らずで熱〜い話でもしているんだろう! 

 とにかく応援だ〜!!頑張れ〜!ニコラス王子にレオポルド王子〜!!!』


 

(すごい……)


 レベルが違いすぎる。とリリスティアは目の前で繰り広げられる二人の攻防を見て、「これが本当の戦い……」と瞳を揺らした。


 王族が強いのか、はたまた、この二人だから強いのか。

 別に王族が強くなくてもいいじゃない。と思わないこともなかったが、強くて困ることもないだろう。ルドヴィルクの様子を見るに、彼もまた二人に並ぶ実力か、それ以上の強さを秘めている。




「……………………」


 グレイソンがじっとリリスティアを見つめている。

 それにうっ、となりながら、リリスティアは居心地の悪さを感じた。 


(もしかして私だってバレた?…………いいえ、そんなわけない。だって相手はグレイソンよ?バレるわけがないわ)


 リリスティアの名前すら、覚えているか怪しいのだ。そんなグレイソンがどうして見破れよう。


 しかし訝しげな表情のまま、グレイソンがリリスティアの元へ近づく。


「…………さっきから疑問だったんだが、何故そのような格好をしている?」


 純粋に疑問に思っていたようで、グレイソンの眉間には、わずかにシワが寄っていた。

 

 大声じゃなくてよかった。だとか他の皆が試合に夢中でよかった。だとか安心する点はあったが、それよりも────、


(どうしてバレてるのよ!??)


 まずいまずい、と焦りながらリリスティアは頬を引きつらせた。まさかよりにもよってグレイソンにバレるだなんて!あんなに自分に興味がなかった癖に!

 

 その事実にリリスティアのプライドが少し──いや、かなり傷ついた。


「な、なんのことだ?キミと俺は初対面のはずだが」


「とぼけなくていい。あー……なんだ。名前は忘れたが、セーラと共にやってきた、愛の使徒その2だろう?」


 やはりリリスティアはセーラのおまけのようで、そんなグレイソンのブレなさに、むしろ安心感さえ覚える。しかしそんなグレイソンが真っ先に気づいてしまうというのは納得がいかなかった。


 ──いや、本当に何故わかった?


 リリスティアは、自分に特別演技力があるとは思っていない。しかしリスティだけは別だ。リスティだけは、とてもよく演れていると自分でも認めていた。


 だからこそ、よりにもよってグレイソンに見破られたという事実に、リリスティアはやるせない想いを持て余していた。


「お前には感謝している。お前が王子と戦っていなければ、俺がやって来ても間に合わなかっただろう。

 結果、負けはしたがあれだけ強い男だ。セーラをきっと守ってくれる」


 穏やかに、けれど少し寂しげに。グレイソンは娘の結婚が決まった父親のような複雑な表情をしている。


「…………いい話のように言っても、セーラは貴方の孫じゃないのよ?」


「フッ、そうだな。


 次期・・孫、というのが正しい」


 呆れてものも言えないとはこのことか。

 これ以上重箱の隅をつつくような真似はやめよう、とリリスティアはグレイソンの話を聞き流して試合に集中した。





 レオポルドの剣先がニコラスの髪を掠め、後ろに避けたニコラス目掛けて直ぐ様追いかける。


「兄上は、おれを何時までも子供のままだと思っています。……違いますか?」


「そうだね。そう言われると、否定はできないかな」


 レオポルドの言葉に、ニコラスはわずかに動きを鈍くした。


「おれを子供だと思っているから、だから兄上はおれになにも教えてはくれない。


 何も知らなくていいように、傷つかなくていいように、危険な場所から遠ざける。


 …………兄上、おれはいつになったら、あなたの小さな弟ではなくなりますか……?」


 言葉を紡ぎながらも、レオポルドは攻撃の手を止めない。一方のニコラスは避けるだけで、攻撃に転じようとはしなかった。


「…………そう、だね。レオはそんな風に考えてくれていたんだね。

 自分でも気が付かなかったよ。そっか。君はもうあの頃のように子供ではないんだ」


 先祖返りの力が覚醒した時、レオポルドはその力が制御できずに暴れ回った。レオポルド一人を止めるのに王国の騎士団を呼び、当時はまだ開発を始めたばかりだった魔術具も、あるだけ全部使用した。


 そんなレオポルドの暴走を止めたのは、何を隠そうニコラスである。

 暴れ回って体力が消耗されていたこともあるが、ニコラスの言葉がレオポルドを正気に戻したのだ。

 

 しかし正気に戻らない方がよかったのかもしれない。

 レオポルドは自分が家族を傷つけ、取り返しのないことをしたと絶望し、自ら遠ざけるようになったのだから。


 ニコラスの中で、レオポルドはその時のままで止まっている。レオは悪くないという言葉もどこまで届いたかはわからない。

 深く傷つき、自分を責めるレオポルドの姿にニコラスはずっと囚われている。




「だけどレオ、王になるには……やはり君は優しすぎるよ」


 そう言って、ニコラスの剣先がレオポルドの動きを止めた。


『しょ、勝者ニコラス!!!』


 敗北したレオポルドは顔を上げて、ニコラスの顔を見ながら震える声で絞り出す。 


「……あなたがそれを言うのですか」


「君と僕とでは、優しいの意味合いが違うからね」


 レオポルドの悲痛な叫びにも、ニコラスは動じない。弟にこんな顔を向けられることも、ずっと昔から覚悟してきた。しかしそれでも、やはり堪えるものは堪えるなぁ……と、心の中で自笑した。

 

 





 試合が終わり、会場中が大歓声に包まれる。


 そんな中、圧倒的己との実力の差を目の当たりにしたリスティ──もとい、リリスティアは思った。





 ────海になろう。と。


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