12 海


 浮島であるアルマコロンの国に、何故という言葉が存在するのか。それは、海は海でも大自然に広がる広大な水源地とは意味合いが異なるからである。


「────はぁああっ!」


 剣を一振りして、を両断する。

 するとそれ・・は、「う〜みぃ」と鳴きながら溶けて失くなり、コロン、と欠片が転がった。


 リリスティアはその欠片──ロックソルトを拾うと袋の中に入れ、近くの岩に腰を下ろした。


「ふぅ、……ここの海はオレンジ色が多いようだけれど、今度は黒色ね」


 ロックソルトを陽の光にかざして覗き込む。

 結晶というより海を閉じ込めた宝石のような、芸術的な美しさをしている。巷ではいい値で売られているらしいが、確かに息を呑むほどに美しい。


 一つ一つ表情が違っていて、収集癖のある者ならばコレクター魂を揺さぶられるだろう。 


「でも、これじゃあまだ足りないわ。お母様は海を狩りに行くと、この5倍は持って帰ってきていたもの」


 両手に収まるほどの量しかない、と袋を揺さぶりながら小さく息を吐く。


 ニコラスに敗北したリリスティアは、になるため、学園近くの山の中にいた。

 

(……実家の裏山よりも空気が薄いわね) 

 

 風も冷たくて、もっと厚着してくればよかったわ、と息を白くしながらリリスティアは空を眺める。


 空との距離が近い。

 勢いのまま、学園を飛び出してきたことを今になってようやくリリスティアは自覚した。当然、誰にも何も言わずに来たため、いつ戻るかなども考えてはいない。


「うみ、うみぃ」


 近くの茂みから、がさごそと物音が聞こえる。

 可愛らしい泣き声をした手のひらほどの大きさをした不思議生物である


 昔からその存在を確認されていたという海は、スライムのような姿をしている。違うところといえば、実物の海のような景色を体の中に宿しているところだ。


 海は山や森など人気のないところなら何処にでも生息している。しかし昔は、数は少なく、目撃例も極稀だったという。


 海が山に移動したことにより、山に居た野生動物たちの数が年々減少している。

 ここ数年で急増した海は田畑を荒らし、作物も海による塩分過多でしおれていた。


 海は歩く災害だ。


 領民たちからの要望により海の討伐に向かうのを、母イリスも楽しみにしている。

 当然のようにリリスティアも母に引きずられて、その討伐に連れて行かれたこともあった。


「ぅうみっ、ぅうみぃ!」


 海たちの大合唱。

 ソプラノのその声は、徐々に大きくなってリリスティアを囲んでいた。


(いつのまにこんな、囲まれて……!?)


 リリスティアは立ち上がり、剣を構える。 

 

 いるかいないかも分からない魔物を探して戦うよりも、確実に存在の割れている不思議生物を相手に鍛錬する方が効率的だと、辻斬りのような真似をしたことによりバチが当たったのか。


「っ!」 


 切っても切っても、また新たな海が襲いかかってくる。


(強くなるには海を倒しまくって、海になるのがいいとお母様は言っていたけれど……そもそも海になるってどういうことなの……!?) 


「ああ、もうっ!まどろっこしいわね……!」


 海を素手で触ると手がすぐに荒れてしまうため、迂闊に触ることができないのだ。そのためリリスティアは泣く泣く剣を握っている。


「ちょ、ちょっとま、」


 迫りくる海の大群に、リリスティアは頬を引きつかせた。 


「ぅうううみぃいいい!!!」


 そしてついに大量の海の山に埋もれてしまう。

 

(こ、このままだと溶けてしまうわ!早く!早く抜け出さないと……!!)


 必死に体を動かし、新鮮な空気目掛けて両手で海をかき分ける。

 


「ぷはっ!」


 空気が戻る。

 しかし身動きは取れない。


「……………………」


 まるでボールプールみたいだわ。なんて、思いながら、最期は母なる海にやられるのね……と全てを受け入れ始めていた。


 しかしそんなリリスティアの予想とは裏腹に、手が痛む様子もなく、体に異変もない。

 

 ただ、事態は予想外の方向に進み始めた。


 「うみぃ〜うみみぃ〜〜」と鳴きながら、海は溶けて本物の海のように一体化し始めた。 

 リリスティアもその巨大な海の塊の一員となり、海たちはカラフルなオーロラ色の海へと進化を遂げる。


海になる・・・・ってこういうことだったのね)


 まぶたが重い。

 時間がやけにゆっくりと感じる。


 ちゃぷん、と上から音がしたような気がする。

 海の中にリリスティアの体は取り込まれ、けれど不思議と穏やかであった。

 息苦しくもなく、呑み込まれた、というより包み込まれたという方が正しい。


 よく分からないもので、リリスティアはこの時久しぶりに、前世の家族を思い出して涙が溢れた。


 やはり母なる海の力は偉大だ。



 リリスティアが夢の中にいるような心地でいると、次第に海は渦を巻き、リリスティアの体へと吸い込まれていく。


 なんだかしょっぱい気がする。なんて思っていると、気づけばリリスティアは山の中に立っていた。

 

 周りを見渡しても、海はいない。


(……夢?でも、なんだか体の感覚がいつもと違う)


 「不思議生物とは、不思議が起こる生物だから不思議生物なのだ」と母は言っていた。それから、「海になれ。そうすれば私のように強くなれる」とも。



「こ、これは……」


 リリスティアは左腕を空にかざした。 

 その色は角度を変えてじんわりと淡くオーロラ色で、その事実にリリスティアは息を呑む。


 つまり、これは、ロックソルトと同義なのではないか。



 淡くオーロラ色に輝く自分の腕ロックソルトを陽の光にかざして、リリスティアは言葉を失った。





◇◆◇




「で、修行に明け暮れてたと」

「ええ」

「はぁ〜ホンッと、何やってんスか」


 久しぶりの学校に戻ったリリスティアを待ち受けていたのは、鼻水でべちゃべちゃのメリルと、家主に無断で我が物顔でくつろいでいたフィッシュだった。

 自室に入ったとたん二人のとっしんを食らったリリスティアは勢いのまま後ろに倒れ込み、しばらく二人がどれだけ心配したのかを永遠と聞かされた。


 自分が100悪いのだからと甘んじて聞いていたが、そこまで想われていたのだと思うと自然と目尻が下がった。メリルはともかく小型とはいえからくり人形オートマタであるフィッシュのつつく攻撃は少し痛んだが、修行をしたリリスティアには些細なものだった。


 そして今は鼻を赤くさせたキアレスに問い詰められている。


 リリスティアは山に行って海と戦い、共に過ごし、海と一体化した。

 連絡手段があれば無事を知らせるくらいできたのだが、計画性の欠片もない今回の出来事において、リリスティアが責められない点はなかった。


「それは自分でも思うわ」


 キアレスから、怒っているというより安心に近い呆れを感じる。今までこういう顔をされる立場になったことがなく、むしろその顔をする側だったこともあり、なんだか新鮮だ。


 そんなことを考えていたからか、キアレスから少し強めの「リリスちゃん?」という注意を受ける。


 いけない、と真剣な表情を取り繕おうとするが、そもそもキアレスに自分の顔は見えていないんだったと気づくと、リリスティアはへにゃりと表情を崩した。


 そんなリリスティアに気づいているのか、キアレスは呆れた声のままため息を吐く。 


「リリスちゃんの元々の目的は?」

「ニコラス王子とセーラが婚約しないようにすることよ」

 

 元々勘づかれていたセーラとリリスティアの関係性も、今回の決闘騒ぎに乱入するに当たって、女神や転生関連以外は洗いざらい話してしまった。というより、キアレスの目がマジだったため、話さざるを得ない状況だったのだ。


「で、結果は?」

「…………」

「こら、目を逸らさない」


 首すらろくに動かしていないというのに、何故バレているというのか。リリスティアは、ムッとしながらキアレスに訴えかける。


「でもキアレス、私強くなったわ」

「えぇえぇ、山籠りしてこぉんな大きな野獣を一人で倒せるようになったんだものねぇ」

「でしょう!?」


 海と一体化した後に遭遇した、魔物なのか野獣なのかわからない不思議生物は目新しかったのか、学園に着いて早々に教師に見つかり没収されてしまった。

 その不思議生物に大興奮なロロリナ先生のお陰で今回の無断外泊は全てチャラになったため、先生には感謝している。


「喜ぶとこじゃないンスけど……まあ、リリスちゃんだしな」


 複雑そうに腰に手を当てるキアレスに、リリスティアは興奮のまま足を踏み出す。


「だから私、今すぐ再戦を──!!」


「ダメに決まってるでしょう!!?」


 リリスティアはきょとん、と首を傾げ、キアレスは顔を青くさせながらリリスティアを引き止めた。

 

 王子相手に決闘の再戦はまずい。キアレスは、「リリスちゃんの手綱はしっかり握っとかないとどうなるかわかったもんじゃないッス」とわずかに手を震わせていた。


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