13 合同授業
「見て……アメリア様よ。エミリオ王子に婚約破棄されたって本当?」
ある日のラウンジにて、ひそひそと噂話の声が飛び交う。
しかし当の本人であるアメリアは、背筋を真っすぐに伸ばし堂々としていた。
「アメリア様になんてことを……!」
「いいの。わたくしは気にしていないから」
思わず立ち上がった友人を、アメリアは軽く嗜める。「ですが……!」と不満げな友人は、首を横に振るアメリアを見て渋々席に付き、ぐびっとカップを傾けてコーヒーを一気に飲み干した。
裏側を知っているからといって、知らんぷりするのは辛い。
じっとアメリアの方を凝視していたからか、隣に座るメリルに「リリス様?」と声をかけられる。
「なんでもないわ」
そうにこやかに返すものの、リリスティアの気分は晴れない。
それは、アメリアの表情がわずかに曇っていたのを見てしまったからか。
それとも、何も言い返すことができない悔しげなアメリアの友人の姿を見てしまったからか。
「やっぱりアメリア様には荷が重かったのよ。殿下お一人の心さえ掴んでいられなかったんだもの。王妃なんて初めから────」
そんな心無い声に、ついに我慢できなくなってリリスティアは口を挟んでしまう。
「アメリア様だって人の子よ。言われない言葉に傷つくわ」
ラウンジが静まり返る。
リリスティアの言葉にハッとした生徒は周りの視線に居心地を悪くして、そそくさとラウンジを出ていった。
その様子を見ていたアメリアの友人は気分を良くして、ぱくりとソーセージを頬張った。
「あの生徒の言う通りです!アメリア様だって公女である以前に、ただの恋する乙女なんですから!」
しかしアメリアにその言葉は届いておらず、先ほど発言した生徒の姿を探していた。
◇◆◇
「おまえたちー席につけ〜」
そう言って、少し気だるげな声で教卓に立つのは、とても25歳とは思えない幼い容姿をした女教師──ロロリナ・ヴィッグである。
「先日そこにいるリリスティアから、ちょー素晴らしい貢ぎ物……じゃなかった、献上品をもらった」
(どちらにしても変わらないけれど、喜んでくれたみたいで嬉しいわ)
海狩りを行っていた際についでに狩った不思議生物を、学園についた途端、ロロリナに見つかって回収されたのだ。
あの時のロロリナは見たことがないくらいの俊敏な動きをして、さらに鼻息も荒くしていた。
あの小さな体のどこにそんな力があるのかと思わせるくらい、体格差のある不思議生物を軽々と担いで嵐のように去っていったのだ。
「いやぁ、せんせーはうれしーぞ。ああいう不思議生物たちを研究するためにここに就職したと言っても過言じゃないからな」
ロロリナはいつも使っている踏み台からぴょこんと飛び降りて、生徒たちに近づいた。
腰まで伸びた少し紫がかったグレーの髪が揺れて、辛うじて肩にかかった白衣がさらにずれ落ち、下に着ていた黒のキャミソールが覗く。
「そこでだ。おまえたち生徒には、合同で不思議生物の調査、及びその討伐に向かってもらうことになった。あ、せんせーだけの独断じゃなくて、ちゃんと会議で決まったやつだからなー。こら、職権乱用とか言ったやつ、あとで覚えてろよー」
ロロリナは一部の生徒の間で"ロリ先"の名で親しまれているほどに人気で、おそらくこの世界にロリという単語がないのか、「意味はわからんが、褒められてはいないんだよな?」とロロリナも首を傾げていた。
「メンツはこっちで決めといたから、文句言うなよー」というロロリナに渡された班の名簿を見つめて言葉を失う。
(…………まさか、この人選は……)
第41班
1年
・リリスティア・クロード
・メリル・ホール
2年
・キアレス・ロートレット
3年
・レムーア・トレットーロ
4年
・アメリア・ストラス
1名知らない名前があるが、それよりも注目すべきはアメリアだ。
(どういう顔して話せばいいのよ……!それにメリルがキアレスと会ってしまう……気まずい、気まずすぎるわ……!!)
メリルのことだ。「リリス様、あの人が例の"キアレス"って人っすか?」とによによとした顔で言ってくるのだろう。そして、炭酸のようにぷくぷくと泡を立てるのだ。
どうにかして回避できないかと頭を悩ませていると、案の定メリルと目が合う──。
その頭は、まさに炭酸水そのものであった。
***
「初めまして。わたくしはアメリア・ストラス。一応この班の中では一番の先輩ということになるわね」
くすくすと可愛らしく笑うアメリアに続き、上から順に軽い自己紹介をしていく。
「ボクはレムーア・トレットーロ。久しぶりの学校で勝手を忘れている部分もあるから、後輩だからとかエンリョせずに教えてほしいな☆」
黒猫の頭をした青年であるレムーアの名前をリリスティアは初めて聞いた。しかしトレットーロの家名はどこかで聞いたような気がして、モヤモヤと答えが見つからず引っかかっていた。
「レムーア・トレットーロ?初めて聞く名前ね」
「公女サマ、これだけの大人数ですよ?見ない名前の一つや二つ、あるのは当然ですよう」
アメリア相手にも軽い調子で答えるレムーアに、アメリアは「それもそうね」と納得していた。
すると、キアレスが「ちょっと借りてくッス!」とだけ言って、レムーアの首根っこを引っ張って何処かに消えた。
「…………………………」
残された三人の元に気まずい沈黙が流れる。
(キアレスったら、一体どうしたのかしら……?)
確かにキアレスは謎の多い男だが、こんな突飛な行動をするような男ではないことをリリスティアはよく知っていた。だからこそ、焦りの隠せない様子がキアレスらしくなくて、きっとキアレスにとって予想外のことが起きたのだろうと推測することができる。
(そう言えば名簿をもらった後に話をしに行ったら、珍しく歯切れの悪い返事だったわね)
それに顔色も悪かった気がする。
レムーア・トレットーロ。
彼をただのモブだと判断するのはまだ早いのかもしれない。
「…………じ、自分はメリル・ホールっす!」
頭の液体を破裂させながら気まずい空気を相殺させるように、何故か敬礼のポーズでメリルが言った。
その必死さがおかしくて、リリスティアとアメリアは思わず吹き出してしまう。
「ふふ、ごめんなさい。メリルね、続けてくださる?」
アメリアの言葉にこくりと頷くと、メリルは「足手まといにならないように頑張ります……!」と続けた。
「メリルは足手まといなんかじゃないわよ」
リリスティアの言葉に、メリルは頭をポコポコと輪のように広げた。それをアメリアは眩しそうに見つめている。
「私はリリスティア・クロード。思ったより顔見知りが多くて安心しているわ。私が持ってきた不思議生物がきっかけでこんなことになっているみたいだし、戦力にはなると思うの」
ロロリナからは、「元々計画にはあったんだ。それが少し早まっただけだから気にすんなー」という慰めを貰っていた。
もしかして何か大変なことを仕出かしてしまったのでは?と不安に思っていたリリスティアを心配してのことだったのだろう。
こういうところが、生徒から人気なのよね。とリリスティアは少なからずロロリナを尊敬していた。
なによりロロリナは小さくてかわいい。
この一言に尽きる。
「あなた、以前ラウンジでわたくしを助けてくださった方でしょう?あの時は助かったわ」
アメリアは淡い日だまり色の花を咲かせ、頭の蝶たちがお礼を言うかのように、リリスティアの周辺を飛び回る。
(まさかこの組分け……、アメリア公女の仕組んだものなんじゃ、)
まさかまさか、そんなこと、あるわけがない。
そう自分に言い聞かせるものの、アメリアの裏の顔を垣間見たリリスティアの頬は、引きつっている。
「ぜひお話してみたいと思っていたの」
──いや、あるかもしれない。
なんて、花畑さながらに花を増やすアメリア相手に思うことすら烏滸がましいが、リリスティアはそう思わずにはいられなかった。
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