14 キアレスとレムーア


 合同授業を行うと知らされたキアレスは、その班員を見て頭を悩ませていた。


(リリスちゃんとそのオトモダチのメリルちゃんはいいとして、公女サマも一緒ッスか……。目的に近づける大チャンスだけど、どうも上手くコトが進み過ぎている気がするなぁ……)


 アメリアは以前、リリスティアと共に怪しげな現場を目撃した相手だ。ニコラスの隙のなさといい、こちらの存在がバレている可能性も捨てきれない。


 そしてなにより問題は、レムーア・トレットーロという名だ。


(どう見たって、ロートレットを入れ替えただけじゃないッスか!?)


 気づく人には気づかれる、ロートレットの文字を入れ替えただけのトレットーロといういいかげんな家名。


 いくらこの国の人間が外のことを知らないからと言って、あまりにも迂闊すぎる。

 人のことを言えた義理ではないが、そう思わずにはいられない。


 そんなレムーアの行動に、キアレスは胃を痛めていた。



***

 

「ちょっとレムくん!どうしてここにレムくんがいるンスか!??」


そんなこともあり、合同授業初日の顔合わせでレムーアを見つけた途端、キアレスはレムーアの首根っこを引っ張って、誰にも話を聞かれないよう物陰に隠れたのだ。 


「えぇ?だってキアレス兄ってば、ぜ〜んぜん帰って来ないんだもん。退屈すぎてこっちから来ちゃった☆」


「来ちゃった☆じゃないッスよ!?レムくんは別の国に行ったって聞いたッスけど?」


「あぁ、あれ?とっくに終わったよ。終わってないのはレス兄だけ。

 この国、魔物もろくにいないみたいだし、レス兄ならすぐに終わるでショ?どうしてちんたらやってんのさ」


 レムーアの言葉に、ギクリとキアレスの動きが止まった。


 キアレスはこの国の人間じゃない。

 皆を騙し、いずれはこの国を乗っ取るはずの異国から潜入したスパイなのだ。 


 魔法が一般化されていないこの国で、魔法の使えるキアレスがどれだけ脅威的な存在なのか、考えずともわかる。手段に拘らなければ、一瞬で片付く話だ。


 しかしそれをキアレスは一年以上も続けていた。

 しかも学園に潜入する以前も含めれば、母国を離れてから四年は経っている。


「もしかして、情でも湧いちゃった?いくらボクらの国が愛情を掲げているからって、それは王族としてダメだよねェ。

 

 愛情の国ロマンチカの9番目であり、第5王子のキアレス・ロートレット」

 

 図星をつかれ、何も言い返せなかった。


 レムーアのねっとりと体に張り付くような声がキアレスの心を蝕む。


「ミリア姉は気に入った国があったみたいでいつの間にかその国の女王になってたし、ロミオ兄はとある国のお姫様に惚れられちゃったみたいで今頃そっちの国でオヒメサマみたく愛されてるだろうよ。


 だから今、王の座を狙ってるのはルドミラ姉とユイノス兄。それから、シャオラス兄と妹のシャルロッテの4人ってわけなんだけど……」


 指で数えながら、レムーアの視線がキアレスを捉えた。お互いに魔法はかけたままだが、今までずっと一緒に過ごして来た兄弟だ。それくらい、見えずともわかる。


「レス兄は参加しないの?」

「そういうレムくんは?」

「ボクは……興味ないかな。レス兄の国なら、右腕くらいにはなってもいいと思ってるけどね」

「自由人のレムくんには無理ッスよ」

「えぇ〜レス兄より早く国を落としてきた弟にそんなこと言う?」


 ロマンチカは恋や愛に真っ直ぐな、よく言えば一途でロマンチストの多い国。悪く言えば脳みその詰まっていない脳筋ばかりの国だ。


 女王であるキアレスとレムーアの母、リベルティは女傑という言葉が似合う強く勇ましい女性である。

 一目惚れした、当時はまだ英雄であったヨーゼフを己の夫とするため、自身の身長と変わらない剣を握りしめ、自ら戦場を駆け回り、生きる伝説となった女だ。


 そんな、惚れた相手のためならどんな手段も問わない、色恋に対して冷静な頭を持たない猪突猛進なロマンチカの王族だったのだが、リベルティが人を好きになったのが奇跡であると言われるほどに、その娘息子たちにその兆しを見せる者はまだ少なかった。


 王座に興味のない第2王女のイリーネも早々に他国の王族と婚約して国を離れていった。しかしそんなイリーネを含めても既に婚約した者は3人だけ。


 特に上二人が全く人を好きになる気配がないことが、より一層次の王を決めづらくしているのだろう。


 「愛情の国の王が、愛を得ずしてどうする」

 それは、まだまだ現役だと言い張るリベルティの言葉だ。

  

 元々王位に興味のなかったキアレスは王位継承権を破棄していたのだが、「面白い国があるからそこに潜入して英雄になってこい」という女王リベルティの言葉により、この国に送り込まれたのだ。


 厄介払いとも思えるし、侵略に我が子を使ったようにも思える。ただ、リベルティが我が子にちょっとした・・・・・・試練を与える程度の気持ちで行ったものだということは、キアレスもリベルティの戦闘を見て何となく察していた。


 しかしリベルティと長女のルドミラは、群を抜いて戦闘能力が人知を超えていたため全く参考にはならないのだが。



「それはともかくとして、魔法で偽造までするなんて……」


 最後に会った時の、猫のように鋭くも愛らしい黄色の瞳と同じように、レムーアの猫頭からその面影を感じてしまう。


 当時はまだ13歳だったこともあり、中性的で男女どちらとも取れる容姿をしていたが、きっと今では男らしく成長しているのだろう。今すぐ魔法を解除して成長したレムーアの姿を見たい衝動に駆られるが、流石にそんなリスキーな行動はできないと自重する。


「だってレス兄に会いたかったんだもん」


「かわいく言ってもダメだからね」


 油断も隙もないと、キアレスはジトーとした目でレムーアを見つめる。兄の威厳を保たなくては。とレムーアを甘やかさないように必死なのだ。


「ちぇ〜。でもさぁ、まったく帰ってこないレス兄に、シャルロッテもお怒りだよ?」


「げ」


「あっひっど〜い!シャルロッテが悲しむよ?」


 「お兄様!」と頬を膨らましながら拗ねる妹の姿を想像して、キアレスはせめてお父様似に育ってますように……!と願った。


 ロマンチカの王族は、代々女性が心身共に強く育つ傾向があったのだ。 


 長女であるルドミラを筆頭に癖の強い姉たちを思い浮かべながら、せめて妹達だけはもう少し常識的に育ってほしいと、キアレスはわずかに残された希望に縋るのだ。



「せっかく来たんだし、ボクもこのイベントが終わるまでは楽しませてもらうよ」


 嬉しそうにそう言う弟相手に強くは言えず、「あまり目立ったマネはしないでね」と言うだけに留まった。


 これから始まる地獄のような時間にキアレスだけが身震いをし、レムーアは愉快そうに目を細めた。


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