15 桃の葉の森
「こっちの地区はユラメキ草の群生地なので、小型の不思議生物が稀に目撃されると聞きました。なんでも、神経毒による痺れで身動きが取れなくなっているところを発見されるそうです」
メリルが村の人間から得た情報を元に、リリスティアたちは不思議生物の調査に出向いていた。
ここ数ヶ月で不思議生物の目撃例が急増し、また、その巨大化が目立ってきている。
学園の守備に加え、今後の対策を練るためにも調査は必要だ。純粋な魔法を使えないこの国の人間の最も有効的な攻撃手段は、魔法科学の技術が詰まった魔導具である。そのため、我がサルディア学園が勢力を上げて調査に挑むのは何らおかしなことではない。
「これは……ユラメキ草を食べて衰弱していますね。確か不思議生物の……暴食魔人─ニーチア。作物や家畜への被害の多さから有害であると、判断されていたと記憶しています」
ニーチアと呼ばれたそれは、うさぎのような愛らしい姿をしていた。しかし自分の何倍もある家畜の身を一瞬で食べ尽くす暴食っぷりは、まさに暴食魔人の名に相応しい。
「さすがは上級生!やっぱり頼りになるっす!」
「そ、そんな大したことでは……」
アメリアは照れたように口元を手で隠した。
リリスティアは二人が仲良さげに話している様子に癒やされつつも、なんともいえない複雑な気持ちを抱えていた。
(全部が全部嘘ではないでしょうけど、どこまでがアメリア公女の演技なのかわからないわね)
セーラという前例を知っているからこそ、油断はできない。警戒を解いてはいけない、とリリスティアは自分に言い聞かせる。
しかしリリスティアの張り詰めた緊張の糸も、すぐに別の物に塗り替えられてしまう。
穏やかなアメリアとメリルの背後で、レムーアは一人、ニーチアの群れを相手に瞳孔を開き、返り血を浴びていた。
そんなレムーアから顔を背けるキアレスに、リリスティアは問いかける。
「キアレス、彼とは知り合いなんでしょう?」
「知っているといえば知ってるンスけど……あのレムくんは知らないッスねぇ……」
ろくな説明もせずにレムーアを連れ去ってしれっと戻ってきたキアレスは、どこか疲れた様子だった。
バッタバッタとニーチアを投げ飛ばすレムーア。
投げ飛ばされたニーチアは「チア〜」と断末魔を上げながら赤い石を落として消えていく。
「この赤い石は魔石の代わりにもなるんです。王都に持っていけば換金もできるので、良かったら集めてみてくださいまし」
アメリアの言葉に、メリルは増々やる気になったようで、レムーアが倒した後ろを石を回収するためついて回った。
死体の一つも残らない不思議生物の謎に迫るには、ダメージを与えずに捕らえるか、消滅する際に残すアイテムを調べる他ない。
先に行ったレムーアたちをゆっくりと追いかけながら、リリスティアは何か異変がないか周囲を隈なく観察する。
目を細めると学園が辛うじて見えるか見えないかといった地点に位置する桃の葉の森。
その名の通りここ一体の森は桃色の動植物で構成されていて、他では白色の目撃例が多いニーチアもここでは皆桃色である。
「ここも昔はただの森だったらしいけれど、2、3年ほど前に急にこうなったらしいわ。ロロリナ先生によると突然変異を遂げたか、何者かが外の植物や細菌を持ち込んだかのどちらかだそうよ」
空想であると言われるおとぎ話の類が、実は外の出来事を記したものではないかという仮説が出回っている。
なんでもおとぎ話の中には、桃の葉の森と同じように、空も水も動植物に至るまで桃色をした国が出てくる話があるそうだ。
「でも、外国からこの国に来るだなんて、そんなことできるのかしら?もしそれができたら今頃は外に飛び立つ若者が大勢いるでしょうね」
キアレスの肩がびくりと跳ねる。
「ああ、でもセーラがいたわね。だけどどうやってこの国に来たのかしら?それに皆が外国から来たって知っているのもおかしな話だわ」
原作のゲームでは、そこら辺は上手くぼやかされていた気がする。そんなリリスティアの疑問に、キアレスが「せ、セーラちゃんがうっかり話の途中で、『わたしの国では』って言っちゃったンスよ」と答える。
そんなキアレスを疑問に思いながらも、リリスティアは「そうだったのね」と無理やり納得した。
***
「レス兄〜!!」
ようやく3人に追いついたかと思えば、レムーアが血まみれで元気よく手を振っていた。
足元には不思議生物が落とした頭のようなものが転がり、それをそそくさとメリルが回収して袋に詰めている。
「ん?にい……?」
「そ、そうなンスよ〜レムくんってば、おれのことを
そう言って頭をかくキアレスに、「そうだったのね」と微笑ましく思ったリリスティアがくすくす笑っていると、レムーアが音もなく背後に近づく。
「!?」
「ボクも話に入れてくださいよう」
そう言って、にゅるっと猫のようなしなやかさでリリスティアとキアレスの間に入り込む。
「れ、レムーア……?」
「ボクのことはレムでいいですよ。家族もみんなそう呼ぶし。ね?」
突然のことに困惑するリリスティアに、レムーアはそう言ってキアレスに同意を求める。
「そ、そうッスねぇ」
「どうかした?」
「ど、どうもしてないッスよ。嫌だなぁリリスちゃんこそ、疲れてるんじゃないッスか?」
心なしか声が上ずって汗もかいているキアレスを見て、やっぱり今日のキアレスはどこかおかしいわ。とリリスティアは眉をひそめた。
『ほいほーい。おまえたちー、こちらロロリナせんせーだぞー』
『先生……マイクに届いてな、』
『余計なことを言うんじゃない』
学園を出る前に各班のリーダーに渡されたロケットペンダントから音がなる。
今回の合同授業に向けてマジエラ魔導具師に急ぎで依頼したらしいこの魔術具の中には、女性の絵が描かれており、話す相手によってころころと顔が変わる。しかしアーロが話しだした途端、校章の頭になったため、本当の顔が映し出されるわけではないようだ。
「ロロリナ先生とアーロくんの声ッス」
アメリアが首元のロケットペンダントを開けると、より鮮明にロロリナとアーロの声が聞こえた。
今回はこれのテストプレイも含まれているらしく、有用性が立証されれば、今後市場にも広まるとのことだ。
『ごほん、どのチームも順調にスタートしたようだな。不思議生物の捕縛はできたらでいいから、安全第一にまずはドロップアイテムの回収に務めるように。
魔法科学のなんたるかに触れ始めたひよっ子どもを、先輩である上級生は上手い具合に引っ張ってやれー』
『以上、ロロリナ先生のありがた〜いお言葉でした〜!』
ロロリナとアーロによるアナウンスが終わると、ロケットペンダントが一人でに閉じていく。
(マジエラ魔導具師って、自分の興味のあるものしか作らないだけで、作ろうと思えば作れるんじゃないかしら……)
リリスティアがマジエラの技術力の高さに感心していると、背後から耳をつんざくような爆破音が聞こえた。
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