08 サポートキャラ
乙女ゲームには攻略対象以外にも悪役令嬢やライバルキャラ、サポートキャラといった魅力的なキャラクターが存在する。イケカネの世界ではニコラス第一王子の婚約者のアメリア公女、そしてサポートキャラであるキアレスがそれに該当する。
リリスティアが一人で講義を受けているとその男はいつの間にか隣りに座っていた。じっとこちらを見つめる様子に目を合わせるべきかわからず、リリスティアの視線は下を向いたまま。男はその他大勢と同じ校章の頭をしているため攻略対象ではないのだろうが、これでは授業に集中することができない。
「なあ、アンタ……」
各々作業に移りだすと、男は知り合いと話す時のようなテンションで話しかけてきた。今は魔石を専用の薬品で染めているところ。手元が狂えば当然失敗する。
「悩みがあるんじゃない?例えばそう……恋の悩み、とかどう?言ってみ?おれにはわかる」
(い、いつの間に)
振り向くと一気に距離を縮められていた。
それに負けじとリリスティアも言い返す。
「そうね、だったら教えてほしいわ。私の運命の殿方ってやつをね」
これでどう!?とリリスティアは自信有りげに口角を上げた。
「なーんだ、簡単じゃん」
男は間の抜けた声を出したかと思えば不敵に笑い、声を低くした。
「アンタの運命の相手はおれ…………って言ったら、どうする?」
「え…………」
手元が狂い、薬品を入れすぎた。これではほんの1メモリほど余分だ。
「なーんてうそうそ冗談。からかっただけッスよ〜どう?ちょっとは本気にした?」
にししし。と笑う男にからかわれているとわかると、リリスティアはそっぽを向いた。
「私、授業を受けるのに忙しいの」
「ごめんごめん!謝るから怒らないでほしいッス!」
反省しているのかわからない調子で男は言葉を続ける。
「いやあ、キミの頭が綺麗だったから見とれちゃってさ。あ、これはホントの話ね。だからそのグーを下ろしてくれない?」
教師の視線がこちらを向いた。咳払いで注意されたため、リリスティアはカッと頬が熱くなり握りかけた拳を納めた。
「おれはキアレス・ロートレット。からかいがいのある子は大歓迎。……アンタのファンになりそう、なんてね」
頬杖をつきながらそう言ったキアレスは、元の席に戻ろうとはしない。
「…………リリスティア・クロード。……残念だけど、貴方に構っている暇はないわ」
つっけんどんな態度を取るものの、逆にキアレスの興味を引いてしまったらしい。「次もよろしくッス」と言って講義は終わった。
(ってサポートキャラのキアレスじゃない……!?)
冷静になった頭で考える。キアレスは、ヒロインであるセーラに攻略対象の好感度や攻略におけるヒントを教えてくれるサポートキャラだ。神出鬼没で、困っているときにはいつも助言をくれた。
(……教えてくれるのはヒロインだけじゃないのね)
そういえば、どうしてキアレスを攻略できないんだ!というファンの声が上がっていたのを目にしたことがある。しかしこれだけ個性的ならその意見も納得できるし、サブキャラでいるには惜しい存在だ。
***
「キアレス・ロートレット?うちの受講者にそんな生徒はいないはずだが」
教師が言うには名簿を確認してもその名前は見つけられなかったという。リリスティアはキアレスとの遭遇後、何度も講義で顔を合わせていた。それはこの授業に限った話ではない。
(そんな、おかしいわ。だってキアレスはゲームでもよくヒロインの前に現れていたもの)
ヒロインと同じ講義であるというのに受講者ではないとは。リリスティアの疑問が晴れないまま、再びキアレスと顔を合わせた。
「え?おれが受講者リストにいない?そりゃそうでショ。だっておれ一年生じゃないもの」
なんてことのない話のようにあっけらかんとそう言ったキアレスを、リリスティアは理解ができなかった。
「他学年の授業にこっそり混ざるのが趣味でねぇ、でもまさか気づかれるとは思わなかったッス」
(なにそれ……初めて知った)
「どうして疑問に思ったんだ?」
「……貴方が怪しいからよ」
「怪しい、怪しいねぇ…………」
嘘だ。いや、それもあるがヒロインだけのサポートキャラだと思っていたキアレスが、モブである自分にこうも接触してきたのが気になっていたのだ。
「やぁっぱ隠せないかぁ」
「え…………?」
「おれ、なんちゃって情報屋なんスよ。女の子たちから恋の悩みを聞いたりなんかして、お相手のことを調べるのがおれの日課。だからアンタにもお客さんになってくれないかなーとか打算ありきで近づいたりして。……ってのは認める。だから、おれを怪しいと思ったアンタの勘は正しいよ」
やはり自分はその他大勢と同じモブだったのだ。リリスティアの頭が薄暗くなっていく。どこか腑に落ちない灰色の空だ。しかしそれはすぐに晴れた。
(最初からわかっていたことじゃない。モブの私とヒロインでは立場が違う。ゲームみたいにご都合展開にはならないわ)
それでもヒロインたるセーラなら、たとえ現実であろうと自分の良い方向に世界が動くのだろう。
こんな風にリリスティアが思ってしまうのも、キアレスがただの一人の人間のように自分に接してくるからだ。メリルと同じように、キアレスもまたリリスティアの心の内側に侵入していた。つまりは絆されたのだ。なによりリリスティアは自分で思っているよりもずっとちょろかった。
「おれは情報通でちょっぴりおちゃめなキアレス・ロートレット。誰が誰を好きなのか……とか、アンタの欲しい情報をなんでもぜ〜んぶあげちゃう!報酬は最近起きたこととかのオハナシをしてくれるだけでいいッスよ。ほら、何が知りたいんスか?お兄さんが教えてあげる」
リリスティアの知りたい情報など決まっている。
「……それって、自分への好感度もわかるの?」
「好感度?もちろん」
「じゃあ、私と……セーラ・リシュッドについての情報を教えてくれる?」
「へぇ、オトモダチの分も」
「……茶化すなら頼まないわ」
「ははっ、そりゃあ悪かった。…………仰せのままにオジョウサマ」
キアレスは執事のように右手を胸元に向けお辞儀をした。その所作が妙に様になっていため、目を奪われる。
(こんなにキザなキャラだったかしら?でも女の子相手に色々とやっているみたいだし慣れているのかも)
もしかしたら女子生徒たちのキャットファイトに貢献しているのかもしれない。とリリスティアは少し冷ややかな目でキアレスを見つめた。
「リリスちゃ〜ん!」
飼い主を見つけた飼い犬のようにキアレスが駆け寄ってくる。依頼をしてまだ数日しか経っていないというのに、ずいぶんと仕事が速いようだ。
「リリスちゃんの欲しい情報、ぜ〜んぶ取ってきたッスよ」
あまりの個性に目が眩む。
思わず目を擦るがどうにも様子がおかしい。
(……て、あれ?)
少し垂れ目がちなマゼンタ色の瞳が右側だけ覗いている。肌は少し日焼けしていて、茶色がかった淡い緑色の髪は一つに結び間隔をあけて団子状になっていた。
(うそ……)
これは紛れもなく人間の顔だ。それも、キアレスの、だ。
衝撃のあまり口が震える。リリスティアはそのことが伝わらないように、口元を手で隠した。
(半分与えたってこういうこと……!?)
ゲームでは制作側の都合か、攻略対象以外は皆校章の頭をしていた。だからキアレスの顔も見たことがなかったし、そもそも用意してあるとすら思っていなかった。
「そんなに見つめてどうしたんスか?」
キアレスが不思議そうに下から覗いてくる。口から少し尖った歯が見え隠れしていて、心臓に悪い。
(この子、絶対にモブじゃないわ!)
そう、声を漏らしそうになりながらリリスティアはぐっと堪えた。
リリスティアは常時発動ではない、真実の眼 (かもしれない)を手に入れた。
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