18 思考


──"『オレとプラトニックラブを巻き起こそう』"


 ゲームでカミールがモブの女子生徒によく言っていた口説き文句だ。共通ルートだけで何度このセリフを聞いたことやら。まさか実際に自分に言われるとは思わなかったとリリスティアはしみじみと思い出していた。


(ヒロインも攻略対象に近づいているみたいだし、そろそろ共通ルートも終わる頃かしら)


 この間ジルに会った時にそれとなく聞いてみたのだが、「セーラ?うん、素直ないい子だったよ」と既に接触済なことが判明した。セーラとは医務室で顔を合わせて以来一度も顔を見ていないのだが、これも女神による仕様なのだろうか。流石に授業で出くわさないというのは無理がある。


(そういえば共通ルートのラストはどんな感じだったかしら?……思い出せないわ)


 共通ルートをプレイしたことは覚えている。それは女神も言っていたため間違いない。しかしどうしてもラスト付近がモヤにかかったように曖昧で思い出せなかった。


(考えても仕方がないわ。それよりもセーラの野望を阻止するためにすべきことを考えなくっちゃ)


 前世の記憶を取り戻し、女神にヒロインの野望を阻止するように言われてからずっと、リリスティアは現実を受け入れることとでいっぱいいっぱいだった。

 記憶を思い出さなければ、心の何処かで違和感を懐きつつも、顔なしとしてなんだかんだ幸せに生きられたのかもしれない。しかしもう思い出してしまったのだ。今さら後戻りはできない。


 何億と無数にいる人間たちの中から、何故自分が選ばれたのかを考えたことがあった。イケカネをプレイしたことが条件だとして、さらに共通ルートまでしかやっていないことを加味しても、最終選考には自分よりも物語を面白くできる人間がいたはずだ。


(きっと私はついでね)


 おそらく女神は運命と見間違うほどのシンクロ性に惹かれたのだ。同じ瞬間に生まれ、同じ瞬間に死んでいったリリスティアたち二人の、運命的なシンクロ性が目に止まったのだとリリスティアはそう思っている。


(あの子、私と違ってイケカネにただならぬ情熱を抱いていたようだし)


 だから自分はセーラのついでで、セーラよりもイケカネに対する情熱がある人間がいたら、自分はきっと選ばれなかった。


 ようするに自分は初めからモブだったのだ。

 こう言ってはバチが当たるかもしれないが、女神の自演により初めからセーラがヒロインであることは決まっていたのだろう。自分だってそうする。リリスティアには、セーラのような情熱も行動力もないのだから当然だ。


(だけどもう、前世の私とは違うの。大切な人たちができて、守りたいものができた。私が負ければ、彼らが危険な目に合う可能性だってある。だからもう、負けるわけにはいかないの)


 誰も助けてはくれない。世界は待ってもくれない。女神は自分の味方ではないし、動かなければ何が起こるかもわからない。

 だから、だからリリスティアがやるしかないのだ。 


(……大丈夫。大丈夫よリリスティア)


 そうそうバッドエンドになることはないと言っていた女神の言葉に縋るしかないというのも情けない話だが、今のリリスティアにはそれしかなかった。


(私は……どんなエンディングを迎えたいのかしら)


 自分でもわからない。そもそもゲームとしてではなく、一人の人間として恋をするということがわからない。ゲームのキャラだと思っていた彼らが、ちゃんとした一人の人間だということは嫌というほど身をもって知っている。だからこそ、その場に自分が出てくるというのが上手く実感できていないのだ。


(私が……私が迎えたいエンディングは…………)


 誰も不幸になってほしくない。できれば幸せになってほしい。セーラのように逆ハーレムを望んだりなんて絶対にしないけど、彼らを幸せにするのが自分でなくても全く構わないけど、自分が誰かとくっつかなくてもいいけど、──だけど彼らには笑顔でいてほしい。


 その願いは、どうすれば叶うのだろう。


(考えた。考えたわ。だけど…………)


 考えが上手くまとまらない。

 思考しても思考しても、すぐに落ちて消えていく。


 知恵熱が出そうなほどに向き合って、眉間に力が入りながらもリリスティアは頭を悩ませた。



「決めた。私、この国に頭蓋骨を埋める」


 ハッと口を押さえる。

 気づいたらそう呟いていた。

 無意識だった。

 けれど後悔なんてものはない。

 何故ならこれは紛れもない、リリスティアの本音なのだから。



***


「そりゃあ立派な目標だ」


 部屋で一人で悩み続けるのもよくないと、気分転換も兼ねて裏庭のベンチに座っていたのがいけなかった。目を開けると、リリスティアを覗き込むような形でキアレスがそこに立っていたのだ。


「…………いつからそこに?」

「浮かない顔をして、顔をブンブン振ってたあたり?」

「つまり最初からいたのね」


 「はぁ……おかしな姿を見せちゃったわね」とリリスティアは頭を抑え、キアレスに隣に座るように言った。

 キアレスは脚を組み、頭の後ろで手を組んで背もたれにもたれかかっている。


 それにしても、最近はずいぶんと他の生徒との見分けがつくようになった。おそらくそれは頭を変えて、校章のままでいる生徒が減ったためだと考えられる。 

 その結果、校章が列をなしていた入学式の頃と比べ、今では校章の頭は没個性ではなくなったのだ。

 

「リリスちゃんも絶対卒業宣言だなんて、強気ッスねぇ。」


 そういう意図で言ったのではないのだけれど。

 しかし確かに頭蓋骨を埋めるというのは、一生顔ありで居続けると宣言しているようなもの。それにリリスティアは無事卒業することも目標としていた。つまり、キアレスの感想は間違ってはいない。


「こりゃあおれも負けてらんないなぁ」


 穏やかな声色でキアレスはそう言った。


「キアレスならきっと卒業できるわ」

「お、リリスちゃんのおれへの評価高い感じ?」

「ふふ、なによそれ。……でも貴方って要領が良さそうだもの」


 そもそも要領が良くなければ情報屋なんてできやしない。立ち回りも上手いのだから、きっと成績もいいのだろう。しかしキアレスは、「……器用貧乏なだけッスよ」と言うだけでそれ以上の反応はなかった。


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