17 お茶のお誘い2


「名乗りもせずにお茶に誘うだなんてどうかしているわ」


 そっぽを向き、カミールの出方を伺う。


「それもそうだ。……改めてオレはカミール・テレサ。よろしくね、リリスティア」


 あくまで紳士的に接してくるカミールにこれ以上冷たい態度を取ることはできない。なるようになれと、リリスティアは思考をやめた。明日は大反省会だ。


「キミの話はフィッシュから聞いてるよ。彼に魔石をくれていただろう?」

「ええ。確かに小さすぎて使えなくなった授業の余りならあげていたわ。……やっぱりよくなかったかしら?」


(フィッシュにはホルス博士という保護者がいるわけだし、勝手な行動だったかも)


 リリスティアの頭が曇る。オートマタについては詳しくないが、人間のようにお腹を壊したりすれば大変だ。下手すれば責任を問われるかもしれない。


 カミールの耳が前後し、歯車が音を立てて回り出す。


「いいやそんなことはない!彼、キミのことを気に入っているみたいだしね。他のオートマタにはナイショにしてるみたいだけど、オレにだけマウントをとってくるんだ。相当気に入られているさ」


 その言葉にリリスティアの空は晴れ、日が差した。

 話くらいなら聞いてやってもいいと、カミールに椅子に座るように言ってカップを机の上に置く。 


 不思議そうに首を傾げるカミールを前に紅茶を注いでいき、カップを手に取った。


「どうしたの?お茶がしたいんでしょう?」


 涼しい顔をして紅茶を口に含む。今日は気品ある上品な薔薇の味だ。カミールは、ガガガッと歯車を逆回転させると、グイッ!と紅茶を飲み干した。


「おもしろい!これだから人間は見ていて飽きないよ!」


「……面白いのは貴方の方よ」

「ふむ、褒められて悪い気はしないね」

「皮肉って言葉をご存知?」


 カミールは顔を手で覆い隠し、後ろに倒れるくらいに仰け反った。 



「お茶は飲んだわよ。まだ他になにかあるの?」

「……もしかしてキミはオレのことが嫌いか?」

「あら、少し礼儀がなっていないと思っただけよ」

「そうか……礼儀か」


 するとカミールは何やら唸りながら気持ち早めに歯車を回した。


「可愛い子がいたらお茶に誘う。それがこの世の理だって父さんに教えられてきたんだが…………」


 あくまで本人は真剣な様子で、ちらりとリリスティアの様子を伺う。


「……顔も見えないのによく言うわ」

「顔?その頭だってキミだろ?」

「でもカタログから選んだだけで、他の人と同じよ」

「だけどその美しい色合いはキミ自身が生み出したものだ。違うかな?」

「……………」


「貴方って本当に軽いのね」

「よく言われるよ」


 この男と話しているとどっと疲れる。リリスティアは癒やし効果を求めて、ローズティーを新しく注いだ。



「ずいぶんフィッシュと仲がいいのね」


 フィッシュはオートマタとして生徒とは一線を引いているのか、あんなに砕けて話す姿をリリスティアは初めて見たのだ。

 

「そりゃあもう、オレたちは友達だからね」

「……そのわりに邪魔者だなんだと言っていたようだけれど?」

「信頼の現れさ。それに女の子をお茶に誘うのに、フィッシュがいたら邪魔だろう?」


 やれやれといった感じで、カミールは首を降った。

 そして静かにカップを置き、顔の前で手を組んで顎を乗せた。


「それに気になっていたんだ。オートマタを人間のように扱うキミたちをね」


 きっとヒロインのことだ。カミールは入学式前にヒロインがオートマタの手当をしたところを見て興味をもったのだから。


「気になるなら、私じゃなくてその子を誘わないの?」

「誘ったさ。お茶にも行った。だけどわからなかったんだ」


 少し紫がかったくすんだライトグレーの髪が鼻にかかり、そこから覗くアメジスト色の瞳がリリスティアをじっと見つめる 


(褐色肌の、女の子が好きなチャラい男……)


 そう、リリスティアは思っていた。しかしこの真剣な顔を見ているともしかして違うのでは?と思わされる。カミールは女の子が好きと言う割に、女の子エアプというかどこかズレた側面を持っていたのだ。


「フィッシュたちオートマタと、キミたち人間は、何が違うんだろう……ってね」 


 リリスティアはじっと息を呑み、カミールから目を反らせないでいた。


 カチ……カチ……カチ……、と時計の秒針が進む。

 

「ごめんごめん。つい長居しちゃったね」


 詰まっていた息が一気に開放され、どっと疲れが押し寄せる。


「またお茶しよう」

「……気が向いたら考えるわ」


 色っぽい微笑みを浮かべ、カミールはドアノブに手をかけた。そして捻ったかと思えば振り返り、思い出したかのようにこう言った。 

 

「オレはプラトニックラブの申し子だからね。キミが来てくれるのを、待っているよ」


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