19 怪しげな現場
「そういえばウンウン唸ってたけどそっちはもういいんスか?」
一通りなんでもない話を終えると、思い出したかのようにキアレスはそう言った。
「なにやら悩み事がある様子……リリスちゃんさえよければ、おれがドドンと話を聞くッスよ?」
にやりとキアレスの口角が上がる。
「……キアレス、貴方ねぇ」
いくら相手がキアレスでも、セーラのことを相談するわけにはいかない。「申し出は嬉しいけど……」と断ろうとするが、「聞くだけ聞くだけ。ほら、この前の依頼料だと思って。ね?」と引く様子が見えない。
(……『リリスちゃんさえよければ』って言ったじゃない)
内心不満に思いながらも、キアレスの勢いに押されて口をつぐんだ。
キアレスの細まった視線にリリスティアはムッと膨れる。
絶好の情報だとでも思っているのだろうか。ようやくそれっぽいことを話すのだ。今までだって早く必要な情報を得られないかと思っていた可能性だってある。
本当に、キアレスのこういうところが底が知れない。
あくまで友人の話だと仮定して、少し脚色も加える。「例えばよ?例えば──」と話し始めたリリスティアを、キアレスは力強く頷きながら聞いている。
「──例えば友達の好きな人を狙ってる子がいて、その子は別の男の子にも目をつけてるの。私は友達に幸せになってほしいからなんとか阻止したいのだけれど、どうすればいいのかわからないの」
まあだいたいこんな感じだ。間違ってはいない。
キアレスは目を閉じて何やら自分の中で飲み込むと、目を開けて空を見上げた。
「なるほどセーラちゃんかぁ」
「ばっ!!?」
「なっなっなっ!」
「なんでわかったのかって?そりゃあアンタわかりやすすぎるし?まったく隠せてないッス」
驚きのあまりベンチから転げ落ちそうになるのを、「おっと、大丈夫ッスか?危ないッスよ」と引っ張られる。
「だいたいセーラちゃんの好感度まで調べさせといて今さらッス」
「女の子のラブロマンスにはドス黒い感情がつきものッスからねぇ」としみじみと言うキアレスは、流石は女慣れしているだけのことはある。
「誰にも言わないから」
「そう言って人はすぐに他人に話すのよ」
信用ならない、と突っぱねるも「そこは情報屋としてのプライドを信じてほしいなぁ」という声に、結局詳細を話してしまうのだった。
***
「────────で、──────して」
「──だ────────だね」
茂みの向こうから声が聞こえる。
「あれは……ニコラス殿下とアメリア公女?」
「シッ、隠れるッス」
音を立てないように身を隠し、息を潜めた。
キアレスの髪が顔にかかってむず痒い。
人気の少ない場所での立場ある人間の密会だなんて、何かあるに決まっている。注意深く耳を澄ませ、成り行きを見守った。
「どうですか?外国から来たという新入生の様子は」
「そうだね。入学式ではずいぶんと派手な登場をしていたけど、それ以外は至って普通の生徒だったよ」
「セーラちゃんの話ッス」
(一体どういう状況なの…………?)
こそこそ隠れてするような話ではない。しかも共通ルート修了目前のヒロインのいない場所で、その上婚約者と話しているだなんてどう考えてもおかしい。
「わたくしもその場にいればよかったのですが」
憂いた声でアメリアはそう言った。
「その件は解決したはずだけど?」
「……わかってはいるのです。ですが……」
うつむくアメリアの肩をニコラスはそっと抱いた。
「安心して?君はよくやってくれているよ。それも期待以上にね」
「殿下……」
うっとりと熱をはらむような甘い香りが、アメリアの頭の花から漂ってくる。桜色へと変わった花と蝶たちは、一部溶け出し滴っていた。
「君にはいつも苦労をかけているね。だけどそれももう少しの辛抱だ」
「……やはり、殿下はいつもお優しいです」
「あはは、君には敵わないけどね」
今以上に小さな声でニコラスはそっと呟く。
「──彼女、やはり覚醒しているよ」
「────!じゃあ」
アメリアの頭の色がいつもの淡い水色へと戻り、蝶の羽ばたきが激しくなる。
「ああ、彼女は危険だ。アルマコロンの名に懸けて、真実の眼を持つ先祖返りを僕たちでどうにか対処しなくてはならない」
そう言うと、アメリアとニコラスは真剣な様子で頷いた。
(あの温和で優しいニコラス王子が……何故…………)
何処か含みのあるキャラだとは思っていた。しかし自分が思っていた以上に、この二人には裏が有るようだ。不完全ではあるものの、自分がセーラと同じように真実の眼を持っていることを知られれば、どうなるかわからない。
(二人は敵なの──?それとも味方────?)
乙女ゲームでは何か大きな敵がいて、それを二人で乗り越えることにより愛が深まるパターンが多い。しかしイケカネでの敵がなんなのか、リリスティアはまだ知らない。ニコラスとアメリアが敵────。そう思うとその圧倒的さに目眩がして、ごくりと固唾を呑んだ。
「そういえばアメリア」
「…………?」
「先日のラウンジでのことだけど」
「も、申し訳ございません!…………もしかしてやり過ぎていましたか?」
猛スピードでアメリアは頭を下げた。頭など下げたことのないような生まれであるというのに、綺麗な垂直90度の美しい直角を描いている。
それに対し、ニコラスはあくまで穏やかなまま羽を揺らす。
「確かにあの時は流石に肝を冷やしたけど」
「あ、あれはその……」
「うん、わかっているよ」
一呼吸置いて、ニコラスは口を開いた。
「あの件で生徒の目は僕たちに向いたはずだ。──動くなら今しかない」
ニコラスの言葉にアメリアは、落ち着いた威厳あるお辞儀をした。頭を下げているというのに格が全く落ちてはおらず、上に立つ者としてのオーラさえ感じる。
「……わたくしの方でも接触してみます」
「頼んだよ」
そう言うと二人は去って行った。
「これはおれの腕の見せどころッスねぇ」
「流石に命知らずが過ぎるわ……!」
近くに誰もいないのを確認すると、キアレスは挑戦的な口ぶりで肩を回した。
「心配してくれて嬉しいッスけど、こっちもそうはいかないんでね」
「もう!キアレスったら!」
キアレスの好奇心にも困ったものだ。いつか痛い目にあいそうでひやひやする。
空に向かって深呼吸すると、キアレスはこちらに向かって視線を投げた。
「どう?おれと共犯者になる気はない?」
つまりニコラスとアメリアについて調べる気だ。当然リリスティアも二人についての情報が欲しい。
だが──────、
「……そうね、考えておくわ」
目的が一致しているからといって、自分の事情にキアレスを巻き込むわけにはいかない。
これはリリスティア個人の問題なのだから。
「あ、相談の件ッスけど、リリスちゃんがその子よりもいい女になって男の子たちの心を鷲掴みにしちゃえばいいと思うッス!」
「ちなみにおれはとっくに掴まれてるんスけどね」とキアレスは去り際に言い残して行った。
にししとイタズラが成功した子供のように笑う顔が頭から離れない。
リリスティアはしゃがみ込み、顔を手で覆った。
冗談だとわかっていても、顔が熱くなるくらいは許してほしい。これでも一応乙女なのだから。
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