20 調査


──最近キアレスを見かけない。

 

 ニコラスとアメリアの怪しげな現場を目撃してから、キアレスは単身調査に向かった。いくらそういうことに慣れていると言っても、危険なものに変わりはない。特にニコラスとアメリアは他の生徒とは違い王族と公女という立場だ。誰にも悟られずに消された可能性も十分にありえる。

 

──『リリスちゃんがその子よりもいい女になって男の子たちの心を鷲掴みにしちゃえばいいと思うッス!』


 キアレスの言葉を思い出し、自分にそんな真似が出来るのかと問いかける。けれど答えは明白で、リリスティアにはそんな度胸も器用さも持ち合わせてはいなかった。


 『セーラちゃんはおれの大事なオキャクサマッスからねぇ』というキアレスの言葉の通り、セーラはちゃんとキアレスの情報を利用して攻略を進めている。つまりリリスティアはかなり出遅れていた。それを取り戻すためには相当な努力が必要だろう。


 鏡を見つめ、頬に触れた。


(この世界の基準がわからないからなんとも言えないけれど、顔は美人ね。声だって悪くはない……だけど)


 この国の仕組み上、そんなものは一切関係ない。なんて言ったって実力主義。エリク然りお母様然り──己の実力を見せつけて、周囲を認めさせなければならないのだ。 


(乙女ゲームだから皆惚れっぽいとかいうことはないかしら?)

   

 父は母の強さに惚れ込んで求婚したというし、強さで己を示すことも悪くはないのかもしれない。恋愛的な意味合いだけではなく、尊敬や友好という道もある。力を鍛えて見せつければ、おもしれー女展開も十分に狙える。というかこれしかない。


 剛力の畑の魔人と名高いイリス・クロードの娘であるリリスティアには、切羽詰まると脳筋な解決方法を取ろうとする悪癖がある。そのことにリリスティアは無自覚であったが、にじみ出るイリスの血により本人以外の周知の事実であった。

 

(ううん。それよりも今はキアレスのことが最優先よ) 


 共犯者にならないかという申し出を断った手前、罪悪感も少しはある。リリスティアは調査を進めるため、息を整えて覚悟を決めた。 



***


(キアレスったら、本当にどこに行ったの……?)


 キアレスと関係がありそうな生徒にそれとなく尋ねてまわったのだが、目ぼしい成果は出なかった。それどころか、キアレスと仲の良いアーロの姿も見当たらない。


(アーロもいないみたいだし……もしかしてシナリオの進行が関わってる、とか?)


 ルカに聞いても知らないと言われたため、ゲームのシナリオが関わっている可能性が高い。今のリリスティアの力ではこれ以上の調査は不可能だ。改めてキアレスの情報の有用性を実感させられた。


(確か……そう、地下、地下に行ったわ)


 前世の記憶を絞り出すように頭をフル回転させる。

 確かゲームでは、ニコラスに話しかけられて何か言われたのだ。何処か含みのあるその言葉に引っかかりを覚え、もやもやしていると、目眩を起こすように一瞬異形頭の姿が見えた。あれ?なんだろこれ?と困惑するヒロインは、そこで初めてこの世界の異質さに気がついたのだ。


(人間だと思っていた相手が皆、人ならざる者だと知ったら相当な恐怖でしょうね)


 今まで共に笑ってきた友人も、気になる相手だった攻略対象たちも、助言をくれ手を貸してくれたサポートキャラも、皆まやかしだった。自分だけが真実を知らず偽りの姿を見ていたのだと、騙されていたのだと疑心暗鬼に追い込まれたヒロインは塞ぎ込んでしまう。 


(そんな中届いた、信用できる祖母からの手紙……飛びつかないはずがないわ)


 外国に住んでいたヒロインであるセーラを、この国に呼び寄せた人物。それがヒロインの祖母──セルミナ・リシュッドだ。


 セルミナはこの国の生まれで、息子であるジェシーと偶然この国に迷い込んだコリンとの間に生まれた子供がセーラである。ジェシーはコリンとの間に愛が芽生えたことにより、この国を出て駆け落ちした。その後はコリンの故郷で家族三人平和に暮らしていたのだが、ジェシーは病により命を落としてしまう。


 そのことを知ったセルミナは、深く嘆き悲しんだ。そしてその後は定期的にセーラとコリンの元に訪れ、二人を息子の分までかわいがったのだ。


(おばあちゃんの手紙に書いてあったとおりに行動すると、ヒロインは学園の地下へと迷い込んでしまう……なんだかとても臭うわ)


 セルミナがセーラに送った手紙の内容……、それさえ分かればリリスティアは地下に行ける。 


(なのにどうして肝心なところを覚えていないのよ……!)

 

 たった一度プレイしただけなのだから、そんな細かいところまで覚えているわけがない。


 リリスティアの中で、どんどん焦りが募っていく。


(こうなったら、勘で辿り着くしかないわ……!自分を信じるのよリリスティア……!!)



***


 わずかに感じる既視感を辿って学園の奥へ奥へと進んでいく。


 目指すは普段生徒は立ち入らない、学園の中央にそびえ立つ巨大な鐘塔しょうとうだ。



──"異形頭と真実の鐘の音"


 鐘……そう、鐘だ。


 鐘の音が鳴る真夜中にそれは現れる。


 

(確かそんな感じの内容だった気がするわ)


 ゲームタイトルにもある通り、鐘はこの世界での重要なアイテムのはずだ。そして鐘といえばここしか考えられない。


 しかし問題は地下への行き方だ。


 地下へと続く階段があるとか、そういうものが定番である。しかしそれらしいものは見つけられなかったため、リリスティアは上へ上へと階段を登っていた。


(地下に行きたいのにどうして上へ向かっているのかしら……)


 行動に確証がないため、不安にもなる。

 途方もなく長い階段は先が見えず、リリスティアの表情を曇らせた。


(ただただ長い階段が続くだけで、何処にも辿り着けない学園の中央塔は、入ってもただ無意味に歩かされるだけだが、下りは一瞬…………だったかしら) 


 鐘塔への入口が施錠も何もされていないのはそういう噂があるからだ。実際挑戦する者が毎年のようにいるのだが、その誰もが階段の先に辿り着けず諦めて帰ってくる。


 そしてその者たちは口を揃えてこう言うのだ。


──『何十分も何時間も歩いていたはずなのに、戻ってくると数分しか経過していなかった』──と。


(まるで魔法か何かだわ)


 この世界における魔法──つまり魔法科学の限界をゆうに超えた怪奇現象が起こる場所。それがこの鐘塔である。 

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