02 頭の中を整理させて
カチ……カチ……カチ……カチ…………
鐘塔の中では微動だにしなかった懐中時計が、リリスティアの手の中で小さな音を立てながら、何の問題もなく動いている。
(あれはやっぱり魔法……よね?)
そうとしか考えられない現象をリリスティアは仮に、魔法と定義することにした。
あの日起きた出来事を、眠りに付く前に整理しておこうと、ノートを開き、ペンを走らせる。
万が一誰かに見られても問題ないように、前世の文字を使って────。
〜わかったこととその考察〜
・鐘塔の中には異空間に繋がる扉がある。
・扉の奥は学園の地下へと通じていて、そこには国中の頭と魔石が集められている。
→私達の頭には魔力が詰まっている?
・地下には第二王子が暮らしていて、第一王子も通っている。
・王族と政府以外立ち入ってはいけない秘密の場所。
・無断で侵入すれば、罪に問われる。
→つまり私が侵入したことがバレれば罪人となり処罰される。
・ニコラス王子はセーラと婚約しようとしている。(レオポルド王子でも可)
・それはアメリア公女からの提案である。
→国は真実の眼の力を手に入れたい?
・セーラは共通ルートしかプレイしていないが、ところどころ知識だけなら持ち合わせている。
→私よりも知識は上。
・この先の展開はゲームとは違うかもしれないし、似た展開になるかもしれない。
→そもそも内容を知らないため、判断のしようがない。
「……これくらいかしら?」
ペンを置き、ぐっと腕を伸ばした。
ずいぶんと肩が凝っている。肩を回し、体をほぐす。
女神は、ニコラスに見つかるか見つからないかがゲームにおける重要な分岐点だと言っていた。
つまり、見つかったセーラは逆ハーレムルートの道に近づき、リリスティアはそれ以外のルートに近づいたのだ。
(誰か一人でもセーラに近づけさせないようにすれば、逆ハーレムにはならないはずよ……)
攻略対象たちの顔を思い浮かべる。
ニコラスとレオポルドは無理だとして、残るはエリクとカミール、ジル、ルカ、そしてアーロの5人だ。
(……誰ならセーラに惑わされないかしら?)
前にセーラに対する好感度を見た時にはエリクが一番高く、その次はカミールだった。
心苦しいが、一旦二人は後回しにしておいて、他を当たろう。可能性は高ければ高い方がいい。
しかし残る候補者は3人だ。
ジルとは昔の顔馴染みではあるものの、この中では最もセーラと接触している可能性が高い。ルカはそもそも学年が違うため、この広い学園では出会えるかどうかも怪しい。しかしアーロに至っては安否すら確認できていない。
(……あぁ、もう!私、こういうのは苦手なの!)
一旦冷静になってから考えた方がいいと、リリスティアは明かりを消し、布団に潜った。
何かを考える暇もなく、リリスティアの意識はすぐに消えていった。
◇◆◇
ぐっすり眠ってすっきりしたのか、朝からリリスティアは穏やかであった。フィッシュに貰った花たちを眺めながら支度をして部屋を出る。
リリスティアが授業のある教室へ向かっていると、何処からともなく甘い香りが漂ってきた。
(ふふ、皆気合が入っているわね)
この甘い香りの正体は、感情が香りに現れるタイプの頭の持ち主だ。このタイプは甘い匂いを出しやすく、恋する乙女は特に顕著に現れる。
最近は頭をリボンや花でデコレーションした生徒が多く見られる。今度行われるダンスパーティーに向けて相手をゲットしようという生徒たちが早々に動き始めているのだろう。皆獲物を狙う心持ちで、必死に相手を探していた。
──この季節は皆、色恋に浮かれている。
教室まではもう目の前だという時に、「……リリスちゃん」という懐かしい声が聞こえてきた。
ぼそりと聞こえたその声に、気のせいかと思いながらもリリスティアは声の出処を探した。
そしてその声の持ち主の姿を捉えると、リリスティアは転げそうになりながらも、その人物の元へと駆け寄った。
「キアレス!?今までどこにいたの?心配したのよ!?」
そんなリリスティアに詰め寄られたキアレスは、きょとんとこちらを見つめている。
その表情からは、いつもの人をからかうようなものはなく、純粋な驚きだけが感じられる。
「……心配、してくれたんスか?」
「当たり前でしょう……?」
「そう、ッスか……リリスちゃんがおれを…………」
キアレスは噛みしめるようにそう呟くと、切なげに目を細めた。
その表情にリリスティアの心臓が跳ねる。
「心配してくれたとこ悪いんスけど、ただの野暮用ッスよ。……だけど、そんなに心配してくれるなら、ちゃんと言ってから行けばよかったッス」
(おかしい……おかしいわ……)
キアレスの声がなんだか甘くて、切なげで──とにかく何処かおかしかった。こちらを見つめる眼差しに妙な熱を感じるし、吐息の一つだっていつもと違う。
(……しっかりしなさい。久しぶりだからそう感じるだけよ)
そう、きっと以前からキアレスはこうだったのだ。もしくは野暮用とやらで疲れているのだろう。
だからこれ以上近づかないでほしいだとか、せめて早くいつもの校章の姿に戻ってくれだとかいう、意味のない神頼みをして気を紛らわせた。
話を逸らそうと「キアレスだけじゃなくてアーロも見かけなかったけれど、野暮用って二人で行ってきたの?」と言おうとしたが、キアレスに思い切り肩を掴まれたため、途中で断念した。
「……きあれ、す?」
この場だけ時が止まったような錯覚を覚える。
(ちょ、ちかっ──!?)
その距離は肩に鼻先が触れそうなほどに近く、また、耳元に唇が触れてしまいそうなほどに大胆であった。
「リリスちゃん、そのことを誰かに言ったりはした?」
キアレスは真剣な様子で声を低くして、耳元でそう囁いた。
「えぇ?キアレスを知らないかって生徒の何人かと、それからアーロについてはルカにも聞いたけど……」
何も頭に入ってこない状況でなんとか絞り出した答えに、「前にアーロの配信で仲が良さそうだったからルカにも聞いたんだけど、」と付け加える。
するとキアレスは何事もなかったかのように、「ごめんごめん。痛かったッスよねぇ。このお詫びはまた今度するッス」と言ってそっと離れた。
(な、なんだったのかしら)
普段のおちゃらけた態度とのギャップに、思わず腰が抜けてしまった。
「り、リリスちゃん!?」
キアレスが大きな声を出すものだから、周囲の生徒たちがざわついている。
「立てるッスか!?」
「……ちょっと難し────
ってキアレス!??」
リリスティアの言葉を最後まで聞かず、キアレスはリリスティアの背後にまわって下から抱きかかえた。
(…………これって、これってもしかして……!?)
──いわゆるお姫様抱っこというやつでは???
そう脳が理解した時には既に、キアレスは走り出していた。
まさか人生初のお姫様抱っこをこんなところで体験するとは夢にも思わなかったと、妙に冷静な頭で考える。人は一定のキャパを超えると逆に冷静になれる、という母の話は本当のことらしい。
「リリスちゃんしっかりするッス!!!」
「私なら大丈夫だから、騒がないでくれる!!?」
生徒たちの視線を集めながら、リリスティアは医務室まで運ばれた。
キアレスの様子がおかしいのも、自分の心臓の様子がおかしいのもきっと、周りの甘い香りに当てられたせいだ。
いや、そうとしか考えられない。
冷静だった頭は、いつの間にか熱を帯びるようにぐつぐつと煮立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます