17 甘い香り


「助けてくださり、ありがとうございました」

「ほんともう助かりましたよう〜!あのまま一人残らず死んじゃうかと思いましたぁ……!」


 ぺこぺこと頭を下げながら礼を言う生徒たちに、

「わたくしたちは当然のことをしたまで。それよりも無事で何よりです」

 と言いながらアメリアは傷口を消毒している。


 包帯を巻かれながら、「さすがはアメリア様……素晴らしいお心……」と感極まるリーダーらしき男子生徒。


「オレは第59班の班長、ヒムライです。変なタイミングで魔石投下を行ってしまい、自爆。そこをそのまま追いかけられるという始末……情けない話です」


 頭の煙をしゅんとうなだらせるヒムライを、他の生徒たちがそんなことない!と慰める。

 感極まったヒムライは「おまえたち……」と3人まとめて煙で包み込み、4人揃ってわんわん泣いていた。


「ぐすん……公女さまは意地悪で王子さまに捨てられたと聞いていたので、こんなにやさしい方だとは思いませんでした」


 カタカタと頭のカップを震わせながら女子生徒がそう言うと、ヒムライが「こら!やめないか!」と口を塞がせる。


 ちらりとアメリアの様子を伺うも、その頭からは何も察することはできやしない。


 ニコラスとレオポルドの決闘騒ぎはヒムライも見ていたし、その後の婚約破棄されたという噂も聞いたことがあった。そのためヒムライ自身も少なからずアメリアを好奇の目線で見ていた節があり、そのことに対する負い目も感じていた。


「よいのです。あれだけの大事、気に留めない方の方が少ないはず。それに婚約破棄の件でしたら、噂が独り歩きしているだけだもの。気にしてなんかいないわ」


 その言葉にあからさまにほっとするヒムライだったが、続くアメリアの言葉に煙を濃くさせることとなる。


「どうするかは殿下が決められること。わたくしはそれに従うのみです」


 悲しむでも憂いでいるでもない、ただ淡々と告げられたその言葉に、皆思い思いの反応を見せた。



◇◆◇



 一度学園に戻ってちゃんとした手当てを行ってもらうというヒムライたちと別れ、リリスティアたちはしばしの休憩を取っていた。


「レムの使っていた魔導具は性能がいいのね」


 魔導具の汚れを拭き取りながら、リリスティアはレムの魔導具を見せて欲しいと頼んでいた。


 あれだけの大活躍。どんな魔導具を使っているのか戦闘中も気になって仕方がなかったのだ。


「ああ、あれは魔導具じゃなくて────」

「え?」

「な、なんでもないッスよ〜」


 キアレスに首根っこを掴まれ、何処かに連れ去られるレムーアという図はすっかり見慣れたもので、初めは戸惑ったものの、気に留める者はもういない。


(ふふ、本当に仲がいいのね)


 レムーアは3年だったが、キアレスは2年だと言っていた。入学する歳がある程度決まっているとしてもバラバラなため、弟分のほうが学年は上ということもあり得るのだろう。


(弟分ということは地元が同じとか?キアレスに聞いても話してはくれないし、レムに聞いたら教えてくれるかしら?)


 魔導具の中を覗き込みながら、魔石の消費量を確認する。規定サイズを大きく下回ってはいないため、この分なら合同授業が終わるまでなら保つだろう。


(いくら私の話をすることが情報料だからといって、それだけだと寂しいものね)


 一応キアレスのことはメリル同様友人だと思っているため、それはあんまりだ。

 言いたくないことの一つや二つあることは理解しているが、それでも何かしらは話してほしいと思うのはわがままだろうか。



「いやぁ〜レス兄ってば、からかいがいがあって楽しいなぁ」

「レムくん、いいかげんなお口はチャックッスよ?」

「はーい」


 思ったよりも早く帰ってきた二人は引き続き、レムーアが汚しまくった服を小川で洗い始めた。


 定期的にごねだすレムーアをキアレスがどうにかやる気の出る方向に軌道修正していく。

 

 それは一人っ子のリリスティアからすれば、眩しい光景であった。


 リリスティアは目を細めながらもキアレスの隣にしゃがみ込み、背を向けたまま喋りだす。


「深くは聞かないけれど、貴方には貴方の事情があるんでしょう?こちらの事情も深く聞かないでいてくれるところには、私も助かっているもの。いつも感謝しているわ。……ありがとう、キアレス」


 キアレスからの返事はない。

 だがそれでちょうどいいと、リリスティアは洗い終わった服を乾かすため、魔導具を取り出した。



*** 




「ただいま帰りました!モエノの実っすよ〜!」


 綺麗に洗浄した葉の上に盛り付けられた果物たち。

 中でも目立つのは、人の頭ほどの巨大な果実であるモエノの実。細部までとびきりの甘さが詰まったこの実は桃の葉の森特有の果実で、高級品だ。


「モエノの実ッスか。懐かしいッスねぇ」


 一口かじれば口の中に広がる瑞々しい果肉に、極上の天然の甘さ。皆その魅力にただ無心で食らいつく。


(前世で食べた桃に近いかもしれないわ……確かにこれは高級品ね)


 色と形も似ている……とリリスティアはモエノの実を飲み込んで、周囲を見渡す。


 アメリアは頭の蝶たちが少しずつ飲み込んでいき、メリルは頭の液体に吸い込まれ溶けていく。キアレスとレムーアは瞬間移動でもしているかのように、一瞬で消えてしまった。 


「ふふ、これも全部メリルのお手柄よ。『甘くていい匂いがするっす!』って飛び出して行ったのだけれど、そしたらモエノの実が隠れて生えていたの」


 アメリアからの告げ口に、メリルは照れた様子で食べる手を止めた。

 その頭はモエノの実と同じ色をしており、面白がったレムーアに「おそろいですねェ」とからかわれていた。





「リリスちゃん、ちょっといいッスか?」


 食事を済ませ、各々好きに過ごしているとキアレスから声がかかった。

 「ごゆっくり〜」とレムーアに手を振られながら、キアレスと二人でその場を抜け出す。


 改まった態度に首を傾げながらも、リリスティアはキアレスの後ろを着いて行く。


 桃色の花々が風に揺れ、リリスティア達の行先を開けるように踊っている。

 

「……………………」


 言い出したのはそっちだというのに、何も言わずにキアレスは前に進んでいく。

 リリスティアが山道に慣れているから良かったものの、そうでなければとっくにギブアップしていたところだ。


(……不思議生物はおろか、動物たちもいないだなんて、他の班でもいるのかしら?)


 その割に風の音しかしない、とリリスティアは眉をひそめる。

 しかし鼻を利かせるとうっすらと甘い香りがした。


 ドンッ──、


 急に立ち止まったキアレスに、前を見ていなかったリリスティアがぶつかる。

 「ご、ごめんなさい」と謝ろうとしたが、目の前に広がる光景に、リリスティアは目を奪われた。


「きれい…………」


 一面に広がる桃色の花畑。

 桃色の蝶たちが舞い踊り、まるでおとぎ話の世界のようであった。


「もしかして──、」

 この景色を見せたくて連れてきたの?

 そう、言葉を続けようとしたが、キアレスの哀愁に満ちた眼差しを見て、その先を告げることはできなかった。


 リリスティアの視線に気づいたキアレスがゆっくりとこちらを向き、語りかける。


「ここはね、おれの故郷に似ているんだ」

 

 予想外の言葉に、リリスティアは目を瞬かせる。


「……キアレス自身の話を聞くなんて初めてじゃない?」

「そうだっけ?」

「そうよ。いっつも誤魔化されて話してはくれないもの」


 リリスティアが拗ねたようにそう言えば、キアレスはまた笑って誤魔化すのだ。

 

「なんかここを見てたら懐かしくなって、キミにだけは言いたくなっちゃった」


 ドクリとリリスティアの心臓が跳ねる。

 甘い香りが濃くなり、モエノの実に似た桃の香りだわ……。と場違いな考察に辿り着く。


 そしてキアレスは言いづらそうに口を開いた。

 

「リリスちゃんはさ……この国が好き?」


「え…………」

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