18 キアレスの話
この国が好きか?と問われれば、自分の頭がないのはちょっと……というのが正直な感想であった。
リリスティア自身もよくわかってはいないのだ。何せ、前世の記憶を取り戻してからまだ半年も経ってはいないのだから。
「……どうしたの?」
合同授業が始まってからというもの、キアレスはどこかおかしかった。レムーアと楽しそうに話しながら、その傍らで寂しそうに眉を下げる。
リリスティアとは普通に話すし、危惧していたアメリアとメリルとも普段の調子でおちゃらけていた。
アメリアのキアレスに対する態度を見ても、以前ニコラスとの会話を盗み見ていたことはバレてはいないらしい。以前急に消息を絶った時も、どうやら見つかったわけではなく、本当に野暮用で出かけていたようだ。
「リリスちゃんは、おれが自分の話をしないと思ってるみたいだけどそんなことはなくてね」
質問と関係ない言葉にリリスティアは首を傾げそうになるも、キアレスに手を差し伸ばされたため、それを掴んで段差を上る。
「レムくんは別枠として、学園に来てからあんなに話したのはアーロくんを除いたらリリスちゃんが初めてだったンスよ」
「そうだったの?あんなにおしゃべりなのに」
「ほら、おれってば、オシゴトとプライベートは切り替えるタイプだから」
岩に腰を下ろし、花畑を見下ろしながらキアレスの言葉にくすりと笑う。それを見たキアレスが「笑った」と小さく呟いたことにより、さらに笑いがもれる。
「そんなに切り替わっているようには見えないけれど?」
少し意地悪だったかしら?とキアレスの様子を伺うも、「それが不思議なんスよねー」とキアレスは後ろに倒れ込んだ。
「リリスちゃんの前だと張ってた緊張が抜けちゃうし、猫を被る余裕もない。今だって……」
そのまま話し続けるキアレスにどうしようか考え込むも、ええい!とリリスティアも後ろに寝転ぶ。
思っていた硬さはなく、思いの外柔らかい。横を向けばすぐ隣りにあった花と目が合い、花びらが鼻をくすぐる。
くしゅん!と小さなくしゃみが飛んだ。
「あはは!なにやってンスか!」
かあっ!と顔が熱くなる。
子供っぽかったかしら?だとか、はしたないわよね……だとか、くしゃみよりも外で寝転んだことに対する恥ずかしさがリリスティアを襲った。
「ん?リリスちゃん、それ……」
キアレスがリリスティアの髪にかかった花びらを取ろうとして、一気に距離が近くなる。
(なっ!なっ……!なっ…………!!)
キアレスから見れば、あくまでリリスティアの顔は絵画でしかない。そのためどこが目でどこが口かなんてわからないし、その概念が頭にない可能性さえ考えられる。だけど──、
(近い!近すぎるわ!!)
キアレスの手がリリスティアの目の前にまで迫る。思わずギュッと目を瞑り、手に力も入った。
「お、取れた。…………あれ?」
上半身を起こしたリリスティアが、ぷるぷるとキアレスを睨みつける。
「ちょっと待って?リリスちゃん、その手はなあに?グーは!グーはやめるッスよ!」
「キアレスのばかっ!」
***
「おれのこと話すから!だからグーはやめてほしいッス!」というキアレスの言葉に、リリスティアは仕方がないわね。と拳を下ろした。
下ろされた拳を見てほっと息をつくキアレスだったが、見るからにわくわくと正座で待機するリリスティアに、ハードル上げられちゃったな……とやりにくそうにしていた。
「おれの話……おれの話ねぇ…………」
多くは語れないが何から話したものかと頬をかいていると、リリスティアが「キアレスの故郷について知りたいわ!」と前のめりに答えた。
「この森に似ているんでしょう?」
「まあ、概ねはね」
「こんなに綺麗なところが他にもあるだなんて、いいことを聞いたわ」
「そういうリリスちゃんはウドの町、だったよね」
「もう!まあた話を逸して!」
キアレスがよくやる手法だ。
リリスティアは何度もこの手に引っかかっていた。
「ごめんごめん。ある意味癖みたいなものなんスよ」
「まあ、いいわ。ウドの町はここみたいに幻想的な美しさはないけれど、庶民的な綺麗さはあるのよ。素朴さが売りなの」
ふふん、と得意げにしていると、キアレスがツボに入ったのか笑いを堪えている。
「なんなんスか?庶民的な綺麗さって、…………ひーっ、お腹痛い」
お腹を押さえながらキアレスは息を整えている。
そして落ち着くと、「今は会えないけど、おれには兄弟がいっぱいいるんスよ」と続けた。
「へぇ、私は一人っ子だから羨ましいわ」
「そんなにいいものじゃあないんだけどね」
「そうなの?ちなみに何人兄弟?」
「13ッス」
「13!??」
「びっくりッスよね」
この国の基準がわからないからなんとも言えないが、13は多いのではないだろうか。キアレスの反応からしても多いと自覚しているようだし、そうなのだろう。
「おれは9番目だから堅苦しいことは何もなくて気楽なんスけどね。……リリスちゃんは確か男爵令嬢だったよね?一人っ子なら大変なんじゃない?」
「うーん、そうでもないわよ?うちはわりとその辺は放任主義というか、私の好きにしなさいって言ってくれているの。お父様が実家の反対を押し切って一目惚れしたお母様の家に婿入りしたくらいだもの。私には好きな人と結ばれてほしいと考えているみたい」
いざとなったら叔母を頼るとまで言ってくれている。前世の記憶が戻るまでのリリスティアは、クロード家の地位を高めるため、いざとなったら学園で上級貴族とお付き合いしてそのまま婿入りしてくれないかと考えていたようだが、今のリリスティアにその気はない。
「へぇ、リリスちゃんのお父様もやるッスねぇ。うちの家族が気に入るタイプのくっつき方ッス」
にしし。とキアレスは無邪気に笑う。
しかし、しばらくするとその顔から笑みは消えた。
「リリスちゃん……オウジサマに近づくのはやめといた方がいいッスよ」
(それって、どういう…………?)
悲しげに言われる言葉に、どう反応すればいいかわからない。
だが、ニコラスの元にはセーラがいる。近づかないなど、土台無理な話。
リリスティアの答えなど、はなから決まっていた。
「貴方が何を見たのかわからないけれど、私には私のやるべきことがあるの。……だからそのお願いは聞けないわ」
キアレスは目を見開くと、困ったように微笑んだ。
「リリスちゃんならそう言うだろうって、何となくわかってはいたんスけどね。
……この合同授業が終わったら、おれはまたしばらく、野暮用に出かけるッス。たぶん、アーロくんも一緒にね」
やはりアーロとキアレスは繋がっている。
それが何なのかを聞くにはリリスティアはキアレスの近くに来すぎたし、それと同時に遠すぎた。
キアレスはリリスティアの手を取り、懇願するようにその手を自分の額に当てる。
「おれが言えた義理じゃないけど、危ないマネだけはしないで。……お願い」
「善処、するわ」
キアレスにつられてリリスティアの声が震える。
「そっか。ありがとね」
顔を上げたキアレスの瞳は揺れていて、見ていると何故か泣きそうになる。
(貴方は何を背負っているの?…………それが聞けたら、楽になれるんでしょうね)
それができない意気地のなさに、リリスティアはぎゅっと下唇を噛んだ。
攻略対象が異形頭(ちゃんと顔はある)の乙女ゲームの世界で、モブの私はヒロインとの対立を命じられている メギめぎ子 @megimegiko1
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