13 高貴なる者


「アメリア様よ〜今日も可憐でお美しいわ」

「なんて神々しいの……童話に出てくる妖精の如き輝き…………あぁ〜す・き」

「オレ、アメリア様の蝶になりたい……」


 昼下がりのラウンジに、カン……カン……という靴の音が響く。お世辞にも高いとは言えない身長を高いヒールと真っ直ぐに伸びた背筋で消し飛ばすほどの存在感。首の上を浮かぶ赤い王冠は、彼女が直属の王族ではないものの、時期一員として認められていることのわかる何よりの証だ。そしてその王冠の周りを幻想的に、花と蝶が舞っている。


「ニコラス殿下」


 一生徒として学園生活を過ごしたいというニコラスの意志により、ニコラスは学友と食事をしていた。

 アメリアの存在に気づいたニコラスは学友に断りを入れ席を立つ。二人の様子を周囲は緊張の面持ちで見守っていた。


「アメリア、どうしたんだい?」 

「少しお話がございます。よろしいでしょうか?」


 すぐに終わります、とアメリアはニコラスの学友に断りを入れ、ニコラスと向き合った。


 一体何を話されるのだろう?と学内ベストお似合いで賞、圧巻の一位である二人のやりとりを固唾を飲んで見守る数百名の姿はなかなかに愉快だ。


 アメリアは短く息を吸い、落ち着いた声で言い放った。


「とある女子生徒と懇意になされているとお聞きいたしました。わたくしは構いませんが、貴方は王子です。少しは周囲の目も気にしてくださいませ」


 生徒たちがざわつく。

 まさか堂々と大勢の前で表立って言うとは。周囲の目を気にするのはアンタもだよ!という声をひしひしと感じる。


 ニコラスとアメリアの並んだ姿を見て、「ほえー、本物の高貴な方は違うっすねぇ」と呑気にトマトを頬張っていたメリルも、今はぽかんと頭を開けていた。


「それでは失礼します」


 ……本当にすぐに終わった。

 これはニコラスルートでアメリアが悪役令嬢化する伏線なのだろうか。少なくともこの場にヒロインはいないため、ゲームのシナリオ外の出来事だと思われる。


(女性キャラで人気だとは聞いていたけれど、ここまで格が違うとは……。一挙手一投足が完璧な、貴族の中の貴族だわ)


 アメリア・ストラスはストラス家の長女として生まれた公女である。ニコラス王子との婚約は彼女がニコラスと同じ年に生まれたことで決まった。将来の王の后に相応しい教育を幼い頃から受けていたアメリアは今や立派な女性となり、皆の憧れである。──といった具合のキャラ紹介であったはずだ。



 静まり返ったラウンジに残された者たちの視線が一斉にニコラスに集中する。



「誤解、なんだけどなぁ……」


 困ったな、といったような口ぶりでニコラスは頬をかいた。「ニコラス王子とアメリア公女の危険な香り……これは見過ごせないね」という聞き覚えのある声を聞いたリリスティアは、おおごとじゃない……とから笑いした。


「ニコラス殿下、誤解なら誤解と言わないからこうなるんだ」

「うーん、そうは言っても彼女、あれで頑固なところがあるから」

「だからと言って言葉を惜しむんじゃない。後で後悔することになっても知らんぞ」


 いくらニコラス自身が望んだとしても、相手が国の王子であるというのにこんな口を聞けるのはエリクくらいだ。たとえ貴族であっても萎縮してしまうというのに、孤児であったエリクが一番自然にやってのけるのだからどうなるのかわからないものである。


 エリクは入学時からずっと学年首席で、同学年でもある第二王子とは仲がいいらしい。らしい、というのはリリスティアが第二王子についての記憶が何故か曖昧で、詳細を覚えていなかったからである。


「ねぇ、メリル────」


 この人がメリルの言っていた憧れの人よね?そう聞こうとしたところ、エリクの視線がこちらを向いた。


「……メリル、お前もいたのか」

「…………エリク」


 両者の間で気まずい空気が流れる。


「自分、あのことまだ許してないっすから」

「奇遇だな。俺もだ」


 静かなトーンでお互いに目も合わせずにそう言うと、エリクはニコラスと共に通り過ぎていく。ぎゅっと膝の上で拳を握り、メリルは下を向いたまま動こうとはしない。


(もっときゃっきゃうふふな感じを想定していたのだけれど、どうしてこんなことになっているのかしら)


 詳しい訳は知らないが二人の間には何かしらのわだかまりがあるようだ。



◇◆◇



 ラウンジを抜け、外に出たニコラスは少しいたずら気に微笑む。


「エリク、君も人のことは言えないんじゃないかな」


 成績優秀なエリクのことを、将来は自分と共に国のために働いてくれるとニコラスは確信していた。


 しかしエリクが優秀なのは、なにも成績に限った話ではない。


 孤児であった境遇から自力で這い上がり、名実ともに国内最難関であるサルディア学園の試験を突破できるほどにまで己を鍛え上げたのだ。


 その逞しさと根性を見込んでニコラスはエリクが入学してきた時から目を付け、囲っていた。そのことに不満を持つ者はニコラスが圧をかけたし、エリク自身も自力で解決してきた。エリクにはそれだけの実力があったのだ。


 だからエリクの実力は皆が知るところであったし、弱みをおくびも出さずにいたエリクに弱点があると思う者はいなかった。

 

 いない、はずであった。


「君にも人間らしい一面があると知れて嬉しいよ」


 頭の四角を不規則に点滅させるエリクを見て、ニコラスは満足げにそう言った。


 ニコラスの言葉にエリクは黙ったままだ。


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