11 モデル


『ルカホワは僕と同級生でね、よく遊んでるんだ』

『たまにの間違いだろ』

『もう!照れない照れない〜』

『はぁ……こんな感じでいつもだる絡みされてる』

『え〜ひっどいなぁ〜』

『事実だろ』


 テンポのいいやりとりに、コメント欄が『ルカホワ呼びヨ……』『ルカくんめっちゃいいじゃん!推せる!!』『学校でのアーロの話ももっと聞きたーい!』と大盛りあがり。


『あ、ファンの皆を置いてきぼりにしちゃってごめんね!ルカホワが来てくれたのがうれしくて、ついはしゃいじゃった』


 ごめんごめんと冗談めかしに謝るアーロに、『それなら仕方ない』『いいよ〜』『アーロが嬉しそうなのわかってこっちも嬉しい!』と肯定的な意見が送られる。


『そっかそっか。皆ありがとう!』

 

 アーロはにこやかな雰囲気を出し、ルカは黙って成り行きを見守っている。


 一呼吸置いて、アーロの身に纏う空気が真剣なものに変わる。

 

『ところで皆は"モデル"って知ってるかな?』


『聞いたことあるような……』『たまーにだけどうちの本屋で見かけるよ』『もしかしてオレノハナシしてる?』という声を一瞥して、アーロは頷く。


『皆も知ってる通り、顔なしに服の選択権はない。それは政府から贈られた服しか着ることができないからだ。服屋さんは、子供の服と顔あり用に少しだけ服を作る。……そう、ほんの少しだけしか作れないんだ。作っても買う人がいなかったら意味がないからね』


 この国の大人の99%は顔なしだ。つまり政府から依頼された服以外を仕立てても、買ってくれるのはたったの1%しかいない。見つからなければいいと購入するチャレンジャーもいるが、政府に見つかれば売った側も処罰の対象となるためハイリスクだ。


『だから最低限のものが着られればそれでいいし、服に対するこだわりもない。…………だけどモデルは違う。おしゃれに命がけなんだ』


 アーロはそっと深呼吸し、囁くように呟く。


『ところで皆……何か気づかない?』


『まさか……』『ざわざわざわ』


 ざわつくコメント欄に頷きながら、バッ!とルカの方を向き、勢いよく指差した。


『このおしゃれさんめ!!!』


 アーロはルカの肩を抱き寄せ、画面に近づいた。 


『いたっ、……少しは加減しろよ』

『ごめんごめん。ちょっと男の子がでちゃった』


 ルカはムスッとしているが、これが二人の関係性なのだろう。言葉のわりに嫌な言い方ではなく、お互いに遠慮がない。


『見ての通りルカホワはおしゃれさんだからね、将来は国を代表するモデルになる!僕はそう思ってるよ。……ね?』

『はっ、お前に言われるまでもない。おれの夢は最初からモデルになることだ』

『ひゅう〜!!ルカホワカッコいい〜!!!』

『うるせぇ!!』


 "モデルになる"。それがどれだけ大変なことかリリスティアは知っていた。前世とは違い、この国でモデルになるということは相当な覚悟が必要である。


「もしも彼がモデルになったら、歴史に刻まれる偉人になるわよ……」


 拳を握り、じっと画面を見つめる。

 プレイしてしただけでは気づかなかったこの国の闇。共通ルートしかやっていないのだから気づかずとも当然なのだが、おそらくそれはルカルートで語られるのだろう。リリスティアはそのことに対して嫌な仮説を立てていた。


『てことで今回はルカホワと、なんちゃってファッションショーをしようと思う!ここだけの話、不適切な内容だと判断されて動画が消されちゃうかもしれないから、最後まで見て行ってね!!』


 グッ!と拳を突きだすアーロに合わせてルカも拳を突き出した。そして準備のために一時離脱する。



「リリス様、どうして動画を消されるかもしれないんすか?」


 理解していないメリルに、リリスティアは優しく解説する。──この国に対しての嫌な仮説を。


「これは推測だけれど、政府は顔なしの不満が爆発しないように衣服の多様性を制限しているの。服を売っている店はとても少ないでしょう?」

「確かに。自分の住んでたとこもちょっと離れたとこに一店あるだけでした」

「ね?……政府はきっと、衣服に対する重要性を感じて欲しくないのよ。だからおしゃれは楽しいことだと発信するモデルは都合が悪いの」


 顔なしは、頭ではなく衣服で個人を区別する。それはこの国の人間にとっては当たり前のことで、疑問に思う者はいない。けれど時々こうして出てくるのだ。モデルのような、現状に疑問を持った広い視野を持つ人間が。


「昔はモデルと呼ばれる人たちも圧政の対象だったのよ。今はだいぶましになったみたいだけど、それでもモデルの存在を知らない人は大勢いる。つまりモデルとして活動することは、政府に嫌な目で見られるってことね。あまりにも厳しい道だわ」


 顔なしを、まるで人間ではなく家畜のように扱っている。リリスティアは政府に対して、そんな不信感を抱いていた。


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