27 婚約の打診
「お待ち下さい兄上!」
レオポルドの静止の声が響いた。
「どうしたんだい?ああ、もしかして彼女を気に入ったとか?」
「いや、それは……」
目を逸らすレオポルドにニコラスは考える素振りを見せると、「なるほど。レオと婚約させるのもありだね。……うん、先祖返り同士で相性も悪くはないと思うし」と二人の顔を見比べた。
「そ、そもそも何故そのような話になったのですか!?」
レオポルドの焦る声とは対象的に、ニコラスはきょとん、と首を傾げた。
「何故、……って彼女を守るためだよ。
正直な話、この場所を見られたからというより、彼女が特別な存在だから僕は婚約を申し込んだんだ。彼女自身に自覚があるのかはわからないけれど、それは事実だ。
君も僕から彼女を隠そうとしていたようだし、何か感じるものがあったんじゃないかな?」
不思議そうにそう答えるニコラスに、レオポルドは何も言えなかった。
「ごめんごめん。別にレオが隠し事をしようとしたことに怒っているわけじゃないよ?むしろ喜ばしいとさえ思うんだ。君はいつでも僕を信用してくれていたからね」
「っ!だからといってそんな急に……!それにアメリアはどうなるのですか!」
「彼女も納得の上だよ。むしろこれは彼女から言い出したことだからね」
レオポルドの目が見開かれる。
ニコラスとアメリアの密会を目撃していなければ、リリスティアも同様の反応をしただろう。それくらいニコラスの口から語られたものは、支離滅裂な内容だった。
「…………兄上もアメリアもどうかしています」
「そうだね。それは僕も思うよ」
(ニコラス王子とアメリア公女による自作自演……まさか初めからセーラと婚約するつもりで──?だとすればニコラス王子はともかく、アメリア公女はどういうつもりなの──?)
ずいぶんと大掛かりな余興だ。
ここまでくると、自分たちがここに脚を踏み入れたことさえ計算の内な気がしてくる。
「……兄上は、アメリアを愛してはいないのですか……?」
レオポルドは恐る恐る尋ねた。
それにニコラスは真剣な声で答える。
「僕はもちろんアメリアを大切に思っているけれど、──僕らの間にあるのは、愛ではなく覚悟だ」
***
「二人だけで盛り上がっちゃってごめんね?」
「い、いえ……」
ニコラスはセーラに申し訳無さそうな顔を見せると、真剣な顔で「一つだけ聞いておきたいのだけれど、君は自分が特別な人間だって自覚はあるのかな?」と尋ねた。
「わたしが……特別な、人間?」
「…………?自覚がないのか?いや、でも……」
ぼそりと考え込むニコラスを、レオポルドは不思議そうに見つめている。
数秒後、考えがまとまったのかニコラスは顔を上げた。
「なんだか不思議と君からは、一筋縄ではいかないような雰囲気を感じるよ」
(すごい……流石は王子ね。セーラの本性に勘づいているわ)
ニコラスが人の心の機敏に敏感なのか、それとも同族としての勘が働いたのか。──もしくはその両方か。
ニコラスからはセーラとはまた違った演技質なものを感じる。
「セーラ、君はね、真実の眼の力を持った先祖返り──ようするに特別な人間なんだ」
「先祖返り……わたしが…………」
「すぐには飲み込めないとは思うけれど、君はいずれ追われる身となるだろう。
それは先祖返りを良しと思っていない過激派からかもしれないし、真実の眼を信仰している信徒からかもしれない。──それにこの国全体という可能性もある。
ねぇ、もしそうなったら君はどうするの?誰に助けを求める?誰に縋れば助けてもらえる?
よく考えてごらん?君を守れるのは僕らしかいない。君の返答次第では、君は勇者にだって罪人にだってなれるんだ」
これは悪魔のささやきだ。逃げ場なんて何処にもない。ニコラスに見つかった時点で、セーラは詰んでいた。
「……兄上、流石にお戯れが過ぎます」
「レオ、僕が冗談を言っているように見える?」
「見えないからお止めしているのです」
レオポルドの静止を受けて、ニコラスは嬉しそうに微笑んだ。
レオポルドは声を低くし、獣のように威圧していた。
「君と彼女が婚約するのも、わりと本気でアリかもしれないね」
「なっ──!?」
「だってそうだろう?この短時間でレオをこうも変えたんだ。きっと君たちはいい関係を築ける。
それに僕としては君が王家に関わってくれさえすれば構わないんだ。ねぇ、どうかな?君としてはどちらを選ぶ?」
「わ、わたしは…………、」
セーラは戸惑いを隠せない声でちらりとレオポルドの顔を伺っている。しかしレオポルドは苦しそうにぐっと息をこらえるのみ。
そんな二人の様子を見たニコラスは、困ったように扉に向かって歩き出した。
「どちらにせよ、どうやって君がここに入ってきたのかを調査しなくてはならない。こんなことが二度起きては困るからね。
だからまだ猶予はある。じっくり考えるといい。
それに僕だって、君に酷いことはしたくないんだ。それは本意ではないし、悲しむレオの顔も見たくはない。
……それじゃあ良い返事を期待しているよ。レオ、彼女を地上まで送ってあげて?」
ニコラスはそう言うと、部屋を出ていった。
張り詰めていた緊張の糸が切れる。
(たす、かったの……?)
最後に見た、ニコラスの優しく柔らかな微笑みが、今はただ不気味で恐ろしかった。
「…………ついて来い。地上へ連れて行ってやる」
ぼんやりと何も考えられないまま、リリスティアとセーラはレオポルドに案内されて地上に戻った。
今日あった出来事が、ただ、夢であってくれと願いながら。
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