26 盗み聞き


「どうしたんですか?────兄上」


 レオポルドの言葉に兄上──つまりはニコラスが「鐘の音の様子がおかしかったから、心配になって見に来たんだよ」と答える。


「鐘の音……?」

「ああ、こっちの話。それよりも、特にかわりはない?」

「?はい。いつも通り、なんら変わりません」


 レオポルドの言葉にニコラスは「そう、それはよかった」と微笑む。


 レオポルドはニコラスに対して少し萎縮している風にも見えるが、ニコラスは慈しむような優しい眼差しをレオポルドに向けていた。


(言葉遣い的に距離があるのかと思ったのだけれど、そうでもないみたいね)

 なんだかよくわからない兄弟だとリリスティアは思った。


「兄上が来てくださるのは嬉しいのですが、アメリアは良いのですか?おればかりにかまけて、愛想を尽かされないようにしてくださいね」


「ふふ、心配しなくても大丈夫だよ。彼女は彼女で忙しくしていてね。今はお互いやることがあるから。

 

 それに、久しぶりに兄弟水入らずで過ごすのも悪くはないだろう?」


 そう言ってニコラスはそっとレオポルドの頭を撫でた。

 そんなニコラスをレオポルドは嬉しいような困ったような顔をして見つめている。 


「そうだ、聞いてよレオ。この間面白いものを見たんだ。エリクがね……ふふ、」

「あいつがどうかしたんですか?」

「ああ、ごめん。……ふふふ、いやぁ、あの時のエリクは傑作だったよ。レオも見たらきっと笑いを堪えていたはずだ。

 実はね……あのエリクに弱点があったんだ」

「その話、詳しく聞かせてくれ」


 予想通り話に食いついたレオポルドにニコラスはラウンジでの出来事を話した。話をするにあたってアメリアとの苦言騒動も話したのだが、レオポルドは「なにをやっているんですか……」と頭を抱えていた。しかしそれをニコラスはおかしそうに笑っている。


「誤解だよ。入学式で面白い子がいたからちょっと調べていただけさ。だって入学式にエリクとカミール、それから暴走するオートマタを連れて来たんだよ?気にならないわけがないよね」


「…………そんな新入生がいたんですか?だったら、まあ……」


「そう、だから僕はからくり人形オートマタの暴走について調べていただけなんだ。

 そりゃあ誤解させるような真似をしたのは、申し訳ないとは思っているのだけれど」


 あはは、と頬をかきながらニコラスは「勘なんだけどね、彼女のことは君もきっと気に入るはずだ」と言った。


「……フッ、どんな勘ですか」

「うーん……兄上としての勘、かな」


 とぼけたようにそう言うニコラスに、レオポルドの表情は和らいだ。


「ところで……エリクの弱点がどんな子なのか気にならない?」

「…………正直とても」

「だよね!そうだ。今度こっそり見に行こうよ」

「ですが……」

「大丈夫。僕に任せて?万が一見つかっても害のなさそうな子だったから。


 …………それに、レオに会えなくてエリクも寂しがっていたよ」

「それは嘘ですね」

「まあ、直接言われたわけではないのだけれど、……でもわかるさ。彼に弱点があると知ってからはより一層ね」



(エリクの弱点って、メリルのことだわ。いつの間に調べていたのかしら。

 それにラウンジのことといい、なんて白々しい。実の弟にも隠しているだなんて、目的は何……?)


 あの騒動はニコラスとアメリアによる自作自演だ。それをさも不意打ちを食らったかのように語る姿は自然で、違和感は感じられない。


 しかしその意図がまったく見えなかった。

 


「……ねぇ、そろそろ地上に出てみない?


 実はね、喜ばしいことに、アレがもうすぐ完成しそうなんだ」


「あれって……まさか」

「そう、君にもついに皆と同じ頭・・・・・がつくんだ」


 その言葉にレオポルドは目を丸くし、尻尾を逆立てた。ニコラスの翼がレオポルドを優しく包む。


「レオは先祖返りの血が強すぎて魔石と反発し、僕のように頭を映し出すことはできないだろうって、そもそも首だけ・・・になることすら叶わなかったからね。僕もずっと心苦しく思っていたんだ。


 君は先祖返りによってとても傷ついたし、その耳も尾も嫌いだと塞ぎ込んでいた。


 だから一刻も早くとは思っていたのだけれど、こんなに時間がかかってしまった。当然開発してくれている彼らも、全力で取り組んでくれているのだけれど、なかなか難しくてね。だけどもう少し、もう少しなんだ」


 ニコラスはそっと優しくレオポルドを抱きしめた。

 

「……兄上は、おれをとても大切にしてくれています。おれがここにいるのだって、少しでも魔石に慣れて、体と魔石との親和性を上げるためですし、兄上の行動は全て、おれを思ってのことです。……おれは、とても恵まれています」


 レオポルドはニコラスの肩に顔を埋め、そう呟いた。それをニコラスは子供をあやすように「やだなぁ、兄として、当然のことをしているだけだよ」とレオポルドの背中を叩いた。


(……つまり、真実の眼のおかげで素顔が見えているんじゃなくて、元から顔なしではなかったということ?)


 必要のない心配をしていたと、ほんの少しだけリリスティアの肩の力が抜けた。



 「そうだ」と、ニコラスは子供のように無邪気な声で「レオはどんな頭がいい?僕とおそろいなんてどうだろう。王冠と羽もつけてさ」とふにゃりと笑った。


「ああ、でもまったくのおそろいにできないところは寂しいけどね」


 これが一庶民なら話も変わったのだろうが、ニコラスとレオポルドは曲がりなりにもこの国の王子だ。差別化し、時期国王でもあるニコラスの方が豪華で神々しくなくてはいけない。

 

「お言葉ですが、おれは…………」


「どうしたんだい?僕とおそろいは気乗りしない?」


「そういうわけでは…………」


 言いよどむレオポルドにニコラスはすっと目を細めた。


「もしかして、誰かになにか言われた?」


「っ────!」


 図星を突かれたレオポルドの言葉が詰まる。


(きっとセーラの言葉がレオポルド王子の心を変えたのね)

 乙女ゲーマー的メタ読みではあるが、状況的にそうとしか考えられない。ニコラス以外に初めて自分を受け入れてくれた女性──レオポルドは自分はそのままでもいいと思ったのだと、リリスティアは考えている。


「別に君がその姿のままでいたいというなら僕は止めないし、構わないと思っている。だけど誰かに唆されて言っているとすれば、僕は少し口出しする必要があるかな」


 優しい口調で、だけど何処か冷たさを感じる口ぶりでニコラスはそう忠告した。




「ところでレオ。僕はそろそろそのことについて話してほしいのだけれど」

「……………!」

「いるんだろう?出ておいで」


 ニコラスの視線がこちらを向いている。



 まずい


 どくどくと心臓が嫌な音を立てる。


 このままでは見つかってしまう。



 どうしよう。どうすればこの状況を切り抜けられる?レオポルドに見つかってもなんともなかったが、ニコラスでは話が違う。

 

 どうする?どうする?どうする?どうする?


 何も考えられない。考えが浮かばない。


 ダメだ、


 見つかったら、ただでは済まない。





「わたしが行くからあなたは出てこないで」


(え────、)

 そう言ってセーラは静かに出ていった。



 一人残されたリリスティアは、ただただ呆然と、へにゃりと座り込んでいる。



「やっぱり君か」


「ニコラス王子……」


 ニコラスはセーラを見て微笑んでいる。

 今はそれがとても、恐ろしく思えた。



***


ニコラスはレオポルドを見ると、クローゼットから現れたセーラの顔を見つめた。


「君には悪いけれど、ここは一部の人間しか立ち入ってはいけないし、存在も知られてはいけないんだ」


 少し申し訳無さそうな声色でニコラスはそう告げた。セーラの表情は、リリスティアからは見えない。


「君は罪に問われるだろう。

 王族として、心苦しいけれど無視するわけにはいかないんだ。

 

 ……だけど安心して?僕が守ってあげるから。ね?」


「兄上……?」


 不穏な空気が漂う。レオポルドもニコラスの様子に困惑を隠せていない。



 そしてニコラスはにこやかに、食事に誘うくらいの気軽さで、自然体のままこう言った。




「セーラ、僕と婚約しようか」


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