09 ニコラスの実力
「レオ、まずは僕に任せてはくれないかな?」
お願いというより命令に近いその言葉に、レオポルドは思うところがないわけではなかったが、黙ってそれに従った。
「それじゃあ始めようか」
「ああ」
リスティとニコラスの一対一の一騎打ち。
剣と剣が交わり、鋭い音を立てて弾き合う。
観客たちもニコラスの言葉を受け止めて、今はただその光景を一種の娯楽として見つめていた。
『おおっと!ニコラス王子相手にいい勝負をしている!!やるねぇ!リスティ!!
セーラ!二人に何か言いたいことはある?』
『へぇっ!?……け、けがはしないようにっ!』
『らしいよ!お二人さんっ!』
その言葉に、リスティはさらに口角を鋭利にした。
「っ!はぁああっ!!!」
カキンッ、と重い一撃がニコラスを襲う。
すると、わずかにニコラスの体が傾いた。
「っ────!?」
それをすかさずリスティが畳み掛ける。
「甘い!!」
「──なっ!?」
『リスティの重〜い一撃を!ニコラスは華麗に受け流したぁあああ!!!』
「あはは、なかなかやるね」
「チッ、」
リスティは後ろに飛び、ニコラスと距離を取る。
しかし直ぐ様ニコラスの反撃が襲った。
「校章をつけていないようだけれど、君はここの生徒?それとも不法侵入者かな?」
ニコラスは気持ちばかりに声を張り、すっ、と目を見開かせた。
「おしゃべりとは、ずいぶんと呑気だな……!
…………はぁああっ!」
防戦一方だったリスティが、ようやく掴んだ一撃。
鋭い旋光のように、ニコラス目掛けて発射する。
「ごめんね。だけど君、普段から剣に触れているってわけじゃないよね?確かに筋はいいみたいだけれど、慣れがない。それじゃあ僕に勝つのは難しいんじゃないかな」
リスティの一撃をニコラスの剣が弾いた。
「君の勇気は認めるけれど、だからといって僕が負ける理由にはならないよ」
「ぐはっ!?」
地面に片足をついたリスティに、ニコラスの冷たい視線が見下ろす。しかしそれは膝をついてもなお、剣を手放さないリスティの悔しげな戦士の表情を見て、憐れみではない称賛の微笑みに変わった。
「君には才能がある。鍛えればもっと強くなれるよ。君さえよければ、王国の騎士団に入れるよう、僕のもとで鍛えない?歓迎するよ」
王国騎士団長とも剣を交えたことのあるニコラスの言葉は重い。
これだけの才能があるのに見なかったフリをするだなんて、ニコラスにはできなかった。
「ハッ、俺は騎士になりにきたんじゃない。
女を落としに来たんだッ!!!」
苦しげに、けれど勇敢に。
涼し気な男前の姿はとうに消え、荒々しくも熱烈な男の在り方に、皆目を離せないでいた。
リスティの瞳には、未だ闘志の炎が宿っている。
「そうか、残念だよ」
リスティは、ニコラスにできる最大限の譲歩を無下にした。
そんなリスティに向かって、ニコラスは笑みを消し、剣を振り下ろす。
「い、意外とやるな……」
初めは、神聖な決闘の邪魔をしやがって、と思っていた観客たちが、徐々にリスティの実力を認め始めていた。
ただ面白半分に乱入してきた無法者ではないと、肌で感じていたのだ。
何せ、今までにこやかだったニコラスの余裕が、ここにきて初めて崩れたのだから。
「ッヒ」
ニコラスの一撃よりも速く──、リスティは一瞬で懐まで距離を詰め、そして体を思いきりひねってニコラスの背後にまわった。
「なんなんだアイツ……わらってやがる」
一瞬の出来事だった。
一瞬
『に、ニコラス王子の勝利ー!!!』
膝をつくリスティ。
それを悲しげに見つめるニコラス。
何が起きたのかをわかったのはごく少数で、観客の殆どは事態を把握するために、アーロの言葉を待った。
『あ、あまりに一瞬でした……リスティはニコラス王子の背後に回って、首を刈り取る勢いで攻撃に転じましたが、まさかのそれを超えてくる王子の実力…………まさに圧倒的っ!
これがこの国の第一王子の実力!!
これがニコラス・アル・コロンマになるかもしれない男の戦い!!
我らがアルマコロンの国の民にこれ以上頼もしい味方はいるだろうか……!!?
彼がいる限り、この国は安泰であるっ!!!』
「「「うをぉおおおおおお!!!!!」」」
この瞬間、会場は一つになった。
興奮のあまり席を立ち、隣の者と抱き合う者。
感動のあまり、嗚咽を堪えて涙する者。
しかしその心は、皆、ニコラスという絶対的な存在に対する喜びで繋がっていた。
「立てる?」
いつも通りの優しげな声で、ニコラスは手を差し伸べる。そしてリスティを引き上げると、改めて手を握り直した。
決着が付き、勝者と敗者が決まってしまった者たちの、手を握り合う姿に拍手が巻き起こる。
「ヴィルク!ニコちゃんが勝ったわ!流石はわたしたちの息子ね……!それに、若い頃のあなたのようで、とてもかっこよかったわぁ……!」
「そ、それはなによりだ。それよりも、…………痛、くはないが、もう少し落ち着いてくれ」
この戦いによりリスティは、ニコラスの強さを見せつけられ、何度目かの敗北を味わった。
セーラといいニコラスといい、リリスティアは負けてばかりだ。
────悔しくないわけがない。
「確かに俺は、まだまだ未熟だった。
……ニコラス殿下。次は必ず、貴方を倒す」
真っ直ぐにニコラスに向けられた堂々たる勝利への餓えに、ニコラスは喜びを感じながら「うん、楽しみにしているよ」と答えた。
初めは乱入者の登場を快く思っていなかった者たちも、こんなの見せられたら認めるしかない、あんた男だよ……と手のひらを返していた。
そしてリスティに、観客からの頑張れコールが送られる。
「リスティ〜!好きな女に忘れられてたからって、気に病むなぁ!!あんたはいい男だ!!!切り替えて、とっとと次の恋を探せ〜!」
「そうだぞ!リスティ!!うちの姉貴でよければ紹介するぞー!!」
「むしろ私をもらって〜〜〜!」
ある意味同情の声の方が大きいが、それでも応援は応援だ。
そんな観客たちからの声に、『ほんとのほんとに知らないんですよっ!』というセーラの必死な声が乗った。
「り、リスティってば最高ッス……!くっ……ククッ」
観客席で唯一、キアレスだけが笑いを堪えきれずにお腹を押さえていた。
そしてそのまま口元を手で覆いながら、ぼそりと人知れず呟く。
「……ハァ、この間は悪いことしちゃったッスからねぇ。今を逃したら次がいつ来るかわからないって、一気に動いたのはいいとして、……まさか心配されるとは思わなかった」
精神的にも肉体的にも疲れていたということもあり、リリスティアの純粋な心配が、キアレスはとても心にしみていた。
本当の意味で誰も信用できない状況にいるキアレスにとって、リリスティアはつい警戒を忘れてしまう貴重な人間であった。それはキアレス自身も勘づき始めていた事実である。
息を詰めたように言葉が上手く登ってこない。
キアレスは頭を押さえ、懺悔のようにそっと吐き出す。
「…………それに怖がらせちゃったし」
その
いくら動揺したからといって、無遠慮に体に触れるのは良くなかった。そのことを時折思い出しては、やってしまったとため息が漏れてしまう。
キアレスは膝に頭を抱え、「また思い出しちゃったッス……」とその場に似合わぬ重たい息を吐いた。
そしてそのまま考える。
繰り返し沸き起こる後悔の中で、常にたどり着いてしまうリリスティアについての疑問を────。
「…………でも、リリスちゃんもどうしてわかったんだろ。
おれとアーロくんにかけた認識阻害の魔法はちゃんと効いてたはずなのに」
◇◆◇
やがて拍手もまばらになり、もうすぐ落ち着くかといった時に、突如、会場のざわめきが異常なほどに膨れ上がった。
その様子に、なんだか様子がおかしい。とリスティは眉をひそめた。
『おおっと!?さらなる乱入者の登場かぁ!??
キミ〜!名前は〜!!?』
リスティと同じく決闘の舞台に脚を踏み入れた者が一人。
アーロの言葉を受けて、男は眉一つ動かさずに静かにこう告げる。
「グレイソン・レルだ」
その言葉に、リスティは間の抜けた声を出し、空いた口が塞がらないでいた。
(どうして貴方がここにいるのよ──!?)
予想外の乱入者であるリスティすらも把握していない
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