08 開始の合図


「セーラ、君を奪いに来た」


 その宣言から数秒後、我に返った観客たちからのブーイングが男を襲う。


「神聖な決闘に何しに来た!??」

「弁えろ!国王陛下もいらっしゃるんだぞ!?」

「そうだそうだ!お前なんてお呼びじゃない!ひっこんでろ!!!」


 それをアーロが宥めようとホラガイ型の魔導具を持つ手に力を入れたその瞬間──、レオポルドの怒号が響いた。


「──静かにしないかっ!」


 ぴたり、と口も閉じずに誰もが動きを止めた。

 やっちまったという顔をするレオポルドと観客の落差に、ニコラスは笑いを堪えている。


「あはは、レオ、やりすぎ」


 ニコラスは目元を手で拭うと、その手には薄っすらと涙が滲んでいた。弟のやんちゃする姿を見るのが久しぶりで、ツボに入ってしまったのだ。


「でもまあ、ありがとう。助かったよ」


 気にするなとレオポルドの肩を叩き、ニコラスは観客に向かってにこやかな微笑みを向けた。

 それに、血の気の引いた者は血を吹き返し、血色が戻った。


「皆、突然のことで混乱しているとは思うけれど、ここは僕たちに任せてほしいな。皆はそれを楽しむだけでいいからさ。ね?」


 そう言って直ぐ様乱入してきた男に向き合うと、ニコラスは静かに剣を抜いた。


「特別にこの僕が許可するよ。

 ──おいで。横恋慕よこれんぼさん」





 その様子を見ていたロベッタがルドヴィルクの首根っこを掴んで、困惑のまま揺さぶる。


「ちょ、ちょっと待って……?横恋慕ってなあに?

 兄弟喧嘩じゃなかったの???


 アメリアちゃんは?アメリアちゃんはどうなったの!???」


 揺れる体でなんとか、「さ、最初からそう言っていただろう」とルドヴィルクがひねり出した。その顔色は青白く、今にも倒れそうな勢いであった。


「ようやく訪れた兄弟喧嘩に興奮していて、聞いていなかったわ!


 …………つまりどういうこと?」


  

 実は何一つ事態を把握していなかったらしいロベッタに、「後で話してやるから落ち着いてくれ」とルドヴィルクは襟元を正した。





『「セーラを奪いに来た」と彼は言っていますが、一体何者なんだ!?


 セーラ!教えてくれ〜!!』


 当然男のことなど知らないセーラは、思い出そうとするも思い出せずに、『し、知らない人ですっ!』と必死に首を横に振った。


『セーラ曰くどこの誰とも知らない人〜!!君は一体何者なんだ〜!?』


 アーロの放送を受けて、レオポルドが「おい、なんとか言ったらどうなんだ」と喧嘩腰で返事を促した。

 それに男は平然とした態度で答える。


「俺の名はリスティ……!たとえ本人に忘れられていたとしても、俺の想いは変わらない。


 ……セーラ・リシュッド!俺はこの戦いに勝って、君に婚約を申し込む!!」


『なんと!乱入者リスティからの勝利宣言!これはますます目が離せなくなってきたぁあ!!!


 国王陛下!ぜひ試合開始の許可を!!この、手に汗握る戦いを始める許可をください!!!』


 ルドヴィルクは考えた。ここでどういう判断を下すのが王として正しいのかを。

 ルドヴィルクは考えた。父親としてどう対処しなければならないのかを。

 ルドヴィルクは考えた。ただの男として、己はどうしたいのかを。


 ────結果、こんなところでやられる程度の男に、次期国王を名乗らせるわけにはいかないと、息子たちを試すことにした。

 

 なにより、ルドヴィルクとしては、そっちのほうが面白そうだったのだ。



『うむ、──それでは始めっ!』


 ルドヴィルクの威厳に満ちた王の言葉が会場中に響き渡る。



──こうして、乱入者リスティは、神聖な決闘の舞台に立つことを許されたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る