07 偽装工作
頭を偽装できる魔術具を知らないかというリリスティアのお願いに、心当たりを当たってみるというキアレスの返事が返ってきたのは、わずか二日後のことだった。
「…………リリスちゃん」
ごくり、と息を呑むキアレスの緊張が伝わってくる。それが伝染したのか、リリスティアも緊張の面差しで鏡を覗く。
そこに写っていたのは、リリスティアの面影を残しながらも、言われなければわからないくらいに
「……キアレス」
リリスティアの言葉にキアレスは頷き、お互いの顔を見合わせると、ガッと手を握った。
「成功よ!完璧だわ!!」
「リリスちゃん!……いいや、リリスくん!超絶カッコいいッス!!すげぇイケてるッスよぉ!」
普段は目のすぐ上で切り揃えられている前髪が、今は鼻にかかっていて、なんだかくすぐったい。
今のリリスティアは正真正銘どこから見ても、黒い髪をした男であった。
「キアレス、俺のことはリスティと呼んでくれ」
「り、リスティ〜!!!」
キアレスの黄色い歓声が飛ぶ。
指の先から表情の移り変わりに至るまで、リリスティアは青年特有の色気を醸し出していた。
「ど、どうかしら?」
「いいッスよ!完璧ッス!!」
元々平均より少し高いくらいの身長はあったため、シークレットブーツで誤魔化し、少し低めの青年くらいには擬態することができた。
声も元々がそう高くはないこともあって、少し意識すると中性的な部類にまで出せている。何せ、自然に出せているという、キアレスからのお墨付きだ。
「まさかリリスちゃんにこんな才能があったとは」
興奮した様子でキアレスはリリスティアをじっと見つめる。
そもそも今回キアレスが持ってきた魔導具は、本来の頭を一時的に具現化することができるというものだ。そのため今のリリスティアは、普通にウィッグを被っただけに過ぎない。表情や動作で男だと錯覚させているのは、リリスティアの手腕と言っていい。
「そんな大層なものではないわ。お母様とルカを参考にしてみただけだもの」
どんな男になりきるかを考えたときに、真っ先に思い浮かんだのがルカだった。そしてリリスティアの中で身近なカッコいい言動と言えば、母、イリスであっただけのこと。二人を参考にすれば、きっと素敵な殿方が生まれる……!リリスティアはそう考えたのだ。
ルカを参考にしているというリリスティアの言葉にアーロは、「リリスちゃんのルカくんのイメージってそんな感じなんだ……」と苦笑いした。しかし続けて、「まあ、間違ってはいないけど」と言ったため、やはりルカのイメージは皆こんな感じなのだろう。
「というかリリスちゃんのお母様?お父様じゃなく?」
「ふふ、お母様は野性的で、だけど知性も持ち合わせた、男だったらもっとモテていたとお父様に言われるくらいには男前なの」
「へぇ、血は争えないってことッスか」
「リリスちゃんのお母様……ちょっと気になるッスねぇ」とアーロはリリスティアの母の姿を想像しようとしていたが、ピンとくる姿は出てこなかったらしい。
(……どうしたらもっと男らしく見えるかしら?)
考えてみるも、リリスティアには前世のわずかな少女漫画の知識しかない。そんなごく狭い情報の中から、自分なりに思考を巡らせる。
そしてハッとした様子で、キアレスを壁際に追い詰め、ドンッと壁に手をつけて顔を近づけた。
「キアレス」
「え、」
切なげに瞳を揺らすリリスティアを見て、キアレスの瞳が見開かれる。
鼻先がくっつきそうなほどに近い二人の距離に、キアレスは息の吸い方を忘れた。
「なぁ、……俺じゃダメか?」
熱を帯びた懇願の吐息に、キアレスはついに呼吸を止めた。
「…………俺は、お前じゃないと、いや、なんだけど」
射るようなじれっとした重い眼差しが、ついにキアレスから照準をずらした。その頬はりんごのように熟していて、見ているとなんだか喉が渇く。
「ッ──────!?」
二人きりの密室。
壁ドンしあう男女。
何も起きないわけがなく──────、
「──とかいうのはどう?カッコいいと思うのだけれど。
……って、キアレス?」
────キアレスは顔を真っ赤にして悶えていた。
「男前の顔でその話し方は、ギャップで風邪引く、ッス」
コクンッ
「き、キアレスー!!!」
キアレスはリリスティアの腕の中で安らかに眠った。
その後落ち着いたキアレスは、リリスティアにからかうような視線を向けた。
「へぇ、リリスちゃんはああいうのが好みなんスね」
「わ、わるい?」
「いやぁ?いいこと聞いたなぁと思っただけッスよ」
リリスティアは気づいていなかったが、この時キアレスはなんとか平常心を保とうと、裏返りそうになる声を必死に抑えていた。
「…………よ」
「ん?」
「……キアレスはどういうのが好みなのって聞いてるの……!」
言葉を失うキアレスに、リリスティアは「どっちがカッコいい台詞を言えるか勝負よ……!」と闘志を燃やした。
そして何故か男同士(表面上は)で口説き合うことになり、役になりきったリリスティアに、羞恥心を何度も集中攻撃されるキアレスという図が続いた。
「リリスちゃん、そろそろ勘弁してほしいんスけど」
「ダメに決まってるでしょう?勝負はまだまだこれからよ……!
…………それに俺はリスティだ」
「リスティがカッコイイのも男前なのもわかったッスから、そろそろ離れてほしいッス〜!!」
キアレスの切実な叫びが響く。
結局この対決は、リリスティアが理想のリスティを見つけるまで続いた。
◇◆◇
(……俺はリスティ。リシュッドの家名を欲する、セーラという名の恋に溺れた愚かな男)
自分に暗示をかけて、リスティの名を脳に刻む。やはり
ゆっくりと呼吸を整え、会場を見渡す。
この距離では見つけることは叶わないが、観客席にはキアレスがいる。
──大丈夫、リスティにはキアレスがついている。
「きゃ〜!!!ニコラス殿下の御存顔よ〜!!!」
「頭に負けず劣らずお美しいわぁ!!!」
あれが王子たちの顔……と、その顔を初めて見た者がほとんどだったこともあり、観客はその美しさに目を眩ませている。
「あはは、盛り上がっているみたいだね。
……レオ、表情が硬いよ。もしかして緊張してる?」
王子様スマイルをふりまくニコラスと、仏頂面のレオポルドが決闘の舞台に降り立った。
「君がこうして民の前に表立って姿を現すのも何年ぶりだろうか。また君と並んで歩けて嬉しいよ」
「……兄上、緊張しているのは事実ですが、頬を突くのはおやめください」
「えぇ〜昔はこれで緊張が和らいだと言ってくれたじゃないか」
「昔の話です。……というかむしろさっきより緊張が増してきました」
決闘前とは思えない微笑ましいやり取りが聞こえた幸運の持ち主は、誰とも分かち合えない萌えにぎゅっと下唇を噛んで情緒を抑えようとしていた。
そんなことが起きているとも知らないリリスティアは、覚悟は決まった、とタイミングを見計らい、飛び降りた。
高いところから飛び降りるのは、幼い頃から母に教え込まれてきたため慣れている。
(俺はリスティ。……王子たちを倒して、リスティ・リシュッドとなる男だ)
セーラの姿を捉える。
今のリスティは、獲物を狙う魔物だ。
「セーラ、君を奪いに来た」
──だから宣言通り、俺に捕まってくれ。
リスティは不敵な笑みを浮かべ、セーラに熱い視線を送った。
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