24 謎の空間
グレイソンに見送られ門の奥へと進んだリリスティアとセーラだったが、突如足元が音もなく消え去り落下する。
「ちょ、まっ!」
(まさかこの高さから地下まで落ちる気!??)
衝撃に備え身を固くしたがいつまで経っても衝撃は襲ってこない。それどころか、不思議と落下している感覚もなかった。
恐る恐る目を開けてみる。
そこに広がるのは暗闇ではなく、人工的な光だった。
グレイソンの守っていた扉と同じ巨大な扉がそこにはあった。
扉は重厚的で、ワインの似合う西洋を連想させた。図書館のような静けさと、薄暗い部屋を照らす優しいオレンジ色。
鐘塔の中には学園とも違う、独立した建物があったのだ。
リリスティアたちの体は宙に浮かんでいる。
泳ぐようなイメージで、ゆっくりと着地した。
「ここは一体……」
ここが地下だとでもいうのだろうか。
この世界に存在するのかは不明だが、転移魔法とかそういう類のものとしか考えられない。
(床もあれば天井もある。それに壁だって……)
コンコン、と壁を軽く叩いてみる。
音は反響し、静けさから不気味に感じる。
「セーラはここが何処だか知ってるの?」
「さあ?だけどこういう場所があるってことだけは知ってたわ。今から重要な選択肢があってルートが分岐する。……攻略できるキャラが別れるみたい」
基本的にイケカネは共通ルート終了時の好感度でルートが決まるのだが、一部の好感度を上げづらい攻略対象は例外だ。なんでも一定の好感度でなおかつ必須イベントを発生させなければならないらしい。そもそももう一人の攻略対象に至っては登場すらしていないのだから当然といえば当然のことだ。
「まあわたしは全員を攻略しなくちゃいけないんだけど」と言ってセーラは壁沿いに歩きながら、周囲を探索し始めた。リリスティアもその後を追う。
(なにかの研究施設かしら?)
目に入ったのは不自然に施錠された巨大な部屋。いくつか同じものがあるのか、数字が割り当てられていた。
わずかに見える空気窓から中を覗くと、ピリッと痺れるように目が痛んだ。
(これはいったい…………)
鐘塔に入ってから時々目が痛む。もしや真実の眼の力が関係しているのだろうか。
鐘の音が強まっていくのと同時に、リリスティアは膝をつき、床に倒れ込んだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
力の入らない腕で体を支え、その場から離れた。
「どうしたの?そんなに息を切らして」
「いえ、ちょっとね……それよりも聞きたいのだけれど、セーラは鐘塔に入ってから目が痛んだりしていない?」
「目?確かにあなたと会う前に痛んだわよ。それがどうかしたの?」
(やっぱり……)
セーラが何か話しかけているが、今のリリスティアの頭には真実の眼についてのことでいっぱいだった。
──真実の眼、先祖返り、魔族、魔石──
(真実の眼が魔族の先祖返りの力によるものだとすれば、魔石は一体どこから来るの──?)
何故今まで疑問に思わなかったのだろう。
魔族は大昔に絶滅したと言われている。少なくともこの国にはいないはずだ。不思議生物ならたまに実家の裏にある山奥で見かけたりもするが、魔族というには知性が足りない。魔族もいなければ魔物も──いや、魔物はいるのかも知れないが一般的ではないとして──、存在していない。そんな国でどうやって魔石を手に入れるというのか。
ガガガ……ガガ……ガガガ…………
長い暗がりの廊下の向こうから、ロボットのような機械が輝く魔石の山を運んできた。
「こんなにたくさんの魔石……学園のものをかき集めたって足りないわよ」
セーラの言葉にリリスティアも木箱の中を覗き込んだ。いつも見るのは爪ほどの大きさで、大きくても小指ほどの大きさしかないというのに、木箱の中には手のひらほどの魔石が大量に詰められていた。
(ここが魔石の入手ルート?だとすれば一体何処から運んでいるのかしら……?)
ロボットが出てきた場所を確認しようとするが暗すぎてよく見えない。セーラも目をすぼめているが同じく確認できていない様子。
すると一台だけ他と違う動きをして、脇道にそれた。
(あれはさっきの番号の書かれた部屋……)
番号は違うが、先ほどリリスティアが近づいてダメージを受けた部屋だ。ロボットの後を追いかけて部屋の前に立つ。ただでさえ巨大な扉がさらに大きく見えた。
リリスティアの勘が言っている。あそこにはなにかあると──。
リリスティアはごくりと喉を鳴らした。
この先に進めば、さっきのようにまた目が痛むかもしれない。おそらくこれは警告だ。近づいたらきっと後戻りはできない。
(覚悟を決めるのよ、リリスティア……!!)
深呼吸をして拳をぎゅっと握った。
部屋の空気穴に顔を近づけ、中を覗く。
するとやはり、先ほどと同様にリリスティアの目に激痛が走った。
(痛い……だ、けど……い、痛くない……!!)
気合と根性で跳ね返す。
(お母様直伝の、困ったときの
「…………はぁっ!見えた!」
目が乾く。
しかし不思議と気分は凪いでいた。
真っ暗な部屋の中にはさらに番号が振り分けられた箱が積み重なっている。
これは……保管庫だろうか。
***
「せ、セーラ!たいへんよ……!!」
「どうしたのよいったい……」
「あた、頭があるの……それも大量に!!」
「は……?」
「いいからこっちに来て!!」
気づいたらリリスティアはセーラの腕を掴み、部屋の前に立っていた。
「なによこれ…………」
セーラは呆然と保管庫の中を覗き込んで崩れ落ちた。
──頭だ。大量の頭が保管されている。
見えたのは数個だけであったが、見えていないだけでおそらくあの部屋すべてに頭が入っている。
嫌な匂いはしない。
でも嫌な予感はする。
「もしかしてここ、頭を保管している施設なんじゃないかしら。きっと私の頭もここにあるのよ」
「国中の頭を集めたってこと?」
「そうとしか考えられないわ」
ここに自分の頭が保管されている──。
そう思うと居ても立っても居られず、一刻も早く自分の首に取り付けたかった。
「共通ルートでは語られなかったから貴女も知らないだろうけど、この国では10歳になると王都にある教会に行って頭を取られるの……!だからそれが保管されてるのは何もおかしい話じゃないわ。むしろ取るだけ取って廃棄している方がおかしな話よ」
これは共通ルートをプレイしていただけのセーラには知り得ない情報だ。
「これだけの頭をどうする気……?」
リリスティアの頭は政府に回収された。つまりここは政府の施設なわけで、学園と政府には繋がりがあるということ。
そんな嫌な考えを後押しするようにセーラは口を開いた。
「ばかね、わたしたちが何処からここに入ってきたのか忘れたの?サルディア学園の鐘塔よ?サルディア学園は王立。しかも生徒に王子様もいるわ」
「…………なにが、いいたいの?」
声が震える。
だけどセーラが何を言いたいのかわかってしまった。
「つまりこの頭は全部、……国の意志ってことよ」
***
「まあ、おばあちゃんがこの場所を知っていてわたしを呼んだ理由はわからないんだけど」とセーラはぼそりと呟いた。
「おい」
背後から突然聞こえた男の声に、セーラとリリスティアはびくりと肩を揺らした。
緊張が走る。
ゆっくりと、スローモーションのように後ろを振り返るとそこには男が立っていた。
(耳……?それに尻尾もあるわ)
猫のような黒い耳と尻尾を揺らす男は、髪も肌も真っ黒で、オレンジ色の瞳だけが鋭く光っている。
(猫……いえ、黒豹…………かしら?)
この国に獣人はいないはずだ。それどころかファンタジー作品にいそうなエルフやドワーフなどの、人間以外の種族を見たことがない。
だから前世で夢見た架空の存在に、リリスティアは正直少し興奮していた。
「ここで何をしている?政府の人間が来るだなんて話は聞いていないが」
男の発言にすぐさま現実に引き戻された。
政府──やはりここに政府が関わってくるのか。
「……レオポルド第二王子」
「あ?」
セーラが静かに呟いた。
レオポルド第二王子……つまりはレオポルド第二王子ということ。
(どうして王子がここに──?)
政府と王族と学園がずぶずぶの関係である──だなんて、そんなこと考えたくもなかった。
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