23 門番
「……セルミナ?」
酷く驚いた表情でグレイソンがそう呟いた。
セルミナ──つまりはセーラの祖母のことだ。
「……おばあちゃんを知ってるんですか?」
きょとんと首を傾げ、自然と上目遣いでセーラは尋ねる。それを見たグレイソンは、うっと短い悲鳴を上げ胸を押さえた。
流石の演技派。ヒロインになりきるのが驚くほど自然だ。グレイソンにクリティカルヒットしたのかまだ再起せず、微動だにしない。
数秒後、グレイソンは自分の顔を軽く──いや、わりと強めに数回叩くとようやく正気に戻った。
「ああ、子供の頃に世話になってな。……彼女は元気か?」
「ええ。最後に会ったのは少し前ですけど、元気そうにしていましたよ」
噛みしめるようにグレイソンは胸を強く握った。
その首元にチョーカーはなく、頭はちゃんと
「あ、あのう……」
「ん?どうかしただろうか?」
「いや、その……視線が…………」
グレイソンはセーラを気に入ったのか、じっと熱のこもった視線で見つめて離さない。リリスティアのことは眼中にないようで、一度も視線が合うことはなかった。
「お前は本当にセルミナによく似ているな」
「……わたし、昔のおばあちゃんの顔を知らないからわからないんですけど、そんなに似てるんですか?」
「ああ。とても可憐で女神のように美しいところなどそっくりだ」
「ひぇっ!?」
突然の褒め殺しにセーラは何も言えなかった。
それに猛追する形でグレイソンは距離を詰め、セーラのすぐ隣まで近づいた。
「もう少し近くで顔を見せてくれ」
「なっ!なっ!?」
どアップになったグレイソンは喋らなければただのイケメンで、その残念さにセーラは思わず後ずさった。
「すとーーーっぷっ!!!」
(何やってるのよ!!?)
グレイソンを押しのける形で、リリスティアはセーラとの間に割り込んだ。
「む」
「『む』じゃないわよ!むくれてる場合……?いいとこだったのに……みたいな顔をしないでもらえる?」
「事実そうだから仕方がないだろう?」
「流石のセーラもびっくりして腰を抜かしちゃってるじゃない……!」
「そうか、それは配慮が足らなかった」
リリスティアに対してグレイソンは顔色を一切変えず、眉の一つも動かさなかった。
「立てるか?」
「は、はい…………」
グレイソンはしゃがみ込み、セーラに手を差し伸べ引き上げた。立ち上がったセーラの足は、ぷるぷると少し震えている。
「ちょっとリリスティア!」
セーラに引っ張られ、グレイソンから引き離される。それをグレイソンはきょとんとした顔で見ていた。
「どうなってるのよ!」
そんなことこっちが聞きたい。
何故攻略対象でもないのに既に攻略できているのか。ヒロインだから?ヒロインだからなのね。そう思ってしまうくらい、グレイソンはセーラにらぶなご様子。
(……思い出した。地下に続く門の前まで行って、門番と出会うまでが共通ルートだったわね)
共通ルートの時点では顔を見ただけで、ろくに喋ってはいなかったのだ。まさか稀にいるヒロイン大好きポジだとは思わなかった。……そのくせ攻略対象ではないのだが。
「普通に考えて門番をヒロインの不思議パワーとか愛の力で退かして奥に進む展開でしょう!?」
グレイソンに聞こえないように小声で、だけど酷く興奮した様子でセーラはリリスティアに詰め寄った。
「……ある意味愛の力なんじゃないのかしら」
「思ってたのと違いすぎるわ!」
息を荒くしたセーラは少し落ち着くと、「……解釈違いってわけじゃないけど…………そう、予想外。予想外の展開ね」と頭を押さえながらそう言った。
その様子を少しだけ離れたところで、グレイソンは待てと言われた犬のようにいい子で待機している。
「……と、とにかく!もしかしてその……やっぱりアレなの!?」
「あれって?」
「あーもうっ!言わせないでよばか!」
セーラはさらにリリスティアに近づいて消えそうなか細い声で尋ねた。
「グレイソンってば、セルミナおばあちゃんのことが好きなんじゃないかってことよ……!」
「流石にそれは……」
"ない"と言おうとしたが、グレイソンの顔を見て言い淀んだ。
(……犬の耳としっぽが見えるわ。…………幻覚ね)
「そこは否定しなさいよ!!!」
思い切り首根っこを掴まれ、揺らされる。
「いや、だって……ヒロインの特別な力とかは一切関係なく、顔が好みだったから通されるって考えたら…………しかも好きな人に顔が似てるって理由だなんて──」
文面だけ見たらただの阿呆である。
(いやでも、いくら好みの顔だからといって素直に門を開けてくれるかしら……?いや、あの様子なら開けてくれるわね)
グレイソンの顔を見るたび、リリスティアはすん……と無になった。
「……………………やっぱりそうよね」
セーラは目を背けたくなるような疲れた顔をしていた。
そして、「おばあちゃんを好きな異性に絡まれるとかどんな展開よ……」とぶつぶつ言っている。
しかし覚悟が決まったのか、ものすごく深い深い息を吐いて新鮮な空気を取り込むと、くるりとグレイソンの方へ体を向けた。
(完璧なヒロイン顔…………プロ意識が高いわ)
メンタルの持ち直し方も見習うところがある。
グレイソンはセーラが戻ってきたのが嬉しいのか、表情が柔らかい。
「あの……人がいるとは思わなくて、驚いたりしてすみませんでした!」
セーラが頭を下げると、グレイソンは「気にしなくていい」と顔を上げさせた。
「その……わたし、おばあちゃんに手紙をもらって、その通りにしたらここに辿り着いたんです。だから決して怪しい者とかでは──」
(……訂正。まだ引きずってるみたいね)
今の状況で怪しい者ではないと言えば逆に怪しく聞こえる。
しかし幸か不幸か相手はセーラに──というかセルミナに酔っているグレイソンだ。ゴリ押しすればいける。
「そうか。セルミナの導きで……つまり俺にはまだチャンスがあるということだな」
「へ?」
「もう二度と会えないと思っていたんだ。だが孫がいるということはもう一度会える……!今日はなんて喜ばしい日なんだろう……!!」
セーラが泣きそうな顔でこちらを見つめる。
(ごめんなさい……私にはどうすることもできないわ)
リリスティアは無慈悲にも首を横に振った。
「あの…………チャンス、って?」
「孫のお前からすれば思うところはあるだろうが、俺は彼女に告白する。…………その、なんだ。セルミナに相手はいるのか?」
顔を真っ赤に染めてグレイソンは尋ねた。
この状況でなければ素直に可愛いと思えたのに、これでは笑えもしない。
セーラはそろそろヤバそうだ。
「………………おじいちゃんは既に他界しているので今は……そうですね。……フリー?です、はい」
「そうか……!」
グレイソンは目を子供のように輝かせているが、その顔はここで使うものではないだろう。
セーラの声が徐々に苦しげな声へと変わっていく。
「孫のお前もこんなに美しいんだ。セルミナはさらに美しくなっているに違いない」
その言葉に思わず顔を見合わせる。
「…………ところでうちのおばあちゃんとはいくつの時に出会ったんですか?」
暗にもう年だから希望は捨ててくれと言っているのだが、グレイソンには通じていないのか、「15年ほど昔だな」と懐かしそうに言われた。
15年……15年かぁ。
再びセーラに確認を取る。
「一応聞いておくけど、50代の美魔女とかいうオチはあるの?」
「……残念だけど、とっくに60は超えてるわ」
60……つまりグレイソンと出会った時点で若くても45。
「どうするの?」
「どうにかするしかないじゃない」
すべてを諦めて吹っ切れたかのようにセーラはにこりと微笑む。
その姿にグレイソンは今にも泣きそうな顔をした。
「申し遅れました。わたしの名は、セーラ・リシュッドと言います。で、こっちはリリスティア」
「リリスティア・クロードです」
「グレイソンだ。グレイと呼んでくれ」
そう言うと、グレイソンは花が咲くようにふわりと微笑んだ。
(へぇ、笑ったら少し幼く見えるのね)
しかしリリスティアを一瞥したかと思えば、「ああ、アンタは呼ばなくていい」と宣った。
「わかったわ。グレイ」
売り言葉に買い言葉。
リリスティアはにこやかに返すがグレイの表情は変わらない。
(別に気にしてはいないけれど、こうも眼中にないとなるとさすがに思うところはあるわね。……別に気にしてはいないのだけれど)
セーラはあれだけ項垂れていたというのに、今は勝ち誇った表情でリリスティアを見ている。
(吹っ切れたのはいいのだけれど……あの子、腹の立つ顔をしているわね)
流石のリリスティアでもムッとするときはムッとする。
(ヒロインにはデレデレで、それ以外には塩対応……だけど攻略対象ではない、と)
いわゆる攻略したいほどに魅力的なのに攻略できないバグ枠だ。
(まあ、前情報も何もなくて残る攻略対象があと一人ってなったら、彼がそうだと普通は思うわよね)
実際は違うのだけれど。とリリスティアはため息を吐いた。その視界にはセーラに夢中なグレイソンの姿が映っている。
共通ルートの時点では、残る一人の攻略対象は出てこない。──何故なら彼はこの先にいる。
「開けるぞ」
グレイソンが扉に手をかざしなにやら唱えると、ギュィイインと音を立てながら、重たい扉がゆっくりと開いていく。
「セーラと……ついでにアンタも。気を付けて行け」
グレイソンに見送られながら、リリスティアとセーラは門の向こう側へと足を踏み入れた。
──ここから先の展開を、リリスティアたちは何も知らない。
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