03 アルマコロンの国


 いよいよ明日は入学式。持ってきた荷物を片付け、リリスティアは一人優雅に紅茶を飲む。


 ここ数日は本当に色々なことがあった。

 できればずっと現実逃避をしていたいがそうもいかない。ヒロイン、セーラとモブのリリスティア。勝敗の末、負けた側がどうなるかなんてリリスティアにはわからないがろくなことにはならないだろう。


(ヒロインの野望を阻止しろ、って言うくらいだもの。ただの逆ハーレム狙いではないわよね)


 学園の医務室でヒロインに宣戦布告されたことを思い出す。自分が乙女ゲームの世界にいる。モブとはいえ、普通ならありえないことだ。





 今となって思えば、違和感のようなものは昔から感じていたと思う。


 例えば食事中。常識的に考えて、口に入れた食べ物は胃の中に消えていくものだ。

 しかし口のない・・・・両親はどうだ?入れてもいないのに何処かへ消えていく食べ物たちを自分以外の誰も不思議には思わない。

 街を歩けば顔なし・・・の大人たちで溢れかえっていて、昔は顔のあった町の女の子も今はもう顔なしとなってしまった。


 父も母も昔はリリスティアたち子供と同じく顔があったと言う。

しかしこの国では10歳になると王都の教会へ行き、頭のない状態──首だけ・・・となり、15歳になると顔あり・・・顔なし・・・か、どちらになるかの選択を強いられる。


 顔なしを選んだ者は帽子や花、本など好きな頭を選ぶことができ、人間以外なら自分の好きに変えることも可能だ。顔なし──いわゆる異形頭である彼らはどういうわけか首から上が繋がっていなくとも生きているし、頭から液体が漏れても何の異常もない。中には自分の感情に合わせて色が変わったり、形が変形したりするものもいる。


 一方顔ありを選んだ者は政府から魔石が組み込まれたチョーカーを与えられ、一見すると頭があるように見える仮初めの頭を手に入れる。しかしその場合は王立魔法科学サルディア学園へ入学し卒業しなくてはならないという決まりがあった。期限までに卒業できなければ強制的に顔なしにされてしまうため、顔ありを選んでも最終的に顔なしになることがほとんどだ。 


 ──これが仮成人。


 その後、人それぞれタイミングは違うが顔なしとなった者は政府から服が贈られる。国民の誰とも違うデザインの服を与えられた顔なしは晴れて正式に成人という扱いになるのだ。成人すると政府から贈られた服以外を着用してはいけないという決まりがあるのだが、全く同じデザインの予備があるためさほど問題視はされていない。

 

 その一方で、顔ありはサルディア学園を卒業後に顔を返してもらい正式に成人という形になる。顔なしと違って衣服の制限もなければ、貴族と同じくらいの社会的地位も与えられる。 



 ──そんな世界の仕組みに違和感を抱きながらも、記憶を思い出す前のリリスティアにはその正体が分からなかった。だから受験前も不安だったし、合格通知が来た時でさえ不安だった。

 サルディア学園は、たとえ入学できたとしても卒業に至らない生徒も決して少なくはない。そのため無条件に喜ぶことができずに、学園へ旅立つあの日まで眠れない夜が続いた。



「リリスティア、そんなに見つめられたら、母様の頭に穴が空いてしまう」


 早く食べなさいと母に急かされながら食事を再開する。


「……ねぇお母様」


 なんだ?と優しく微笑む母の頭は鉄製のクワ。隣でコーヒーを飲んでいる父はコーヒーカップの頭をしている。

 当然微笑んでいるかどうかは声色から判断するしかない。


「お母様は自分の顔がどんなだか、覚えてる?」


「さあ、どうだったか。何せ昔の話だ、覚えていないさ」


 気分転換で何度か頭を入れ替えている母はともかく、今の頭になってから着け変えていない父は生まれ持った頭よりも今の頭のほうが、着けている期間は長い。


「顔なしになるのが不安か?」


「それは……まあ」


 今の自分に本当の頭がないことなどわかっている。しかし鏡で見ても自分と同じように動くし、壁にぶつかれば痛みだって感じる。そして何より体と同じように成長しているのだ。


「そんなに気負うことはない。おまえなら無事に卒業できるはずだ。……それよりも、学校生活を楽しんできなさい」


 そう言うと母はリリスティアを抱きしめ、額にキスを落とした。

 言うまでもなく何故か鳴るリップ音の謎は未だ解けてはいない……。



***


 母とのやりとりを思い出しながら、リリスティアは紅茶のおかわりを注いだ。

 ここ最近の出来事だというのに、ずいぶんと昔のことのように思える。


 記憶が戻る前のリリスティアは、学園へ行き、今や落ちぶれてしまったクロード家を立て直すことを目標としていた。両親は生活ができるならと気にしていない変わり者だったが、リリスティアは思うところがあったのだろう。国内最難関の入学試験を突破するため必死に勉学に励んでいた。


「お父様ったら、まだ家を出てさほど日も経っていないというのに……。ふふ、仕方のない人ね」


 手のひらに乗せた小鳥型の魔導具がクチバシを開く。じーじーという機械音を鳴らし、父の声を再生させた。


『リリスティア、学園には無事に着いただろうか。母様は海を狩りに山に行ったというのに怪我一つなく帰ってきたよ。君は母様の娘だし心配はいらないと思うが、怪我のないように。……それではまた君の声を聞かせてくれ』


 音が止まるとクチバシが閉じてじゅう……と鳴った。


(わざわざ買ったのね。高かったでしょうに)

 

 前世とは違い、この国には家電やスマホといった電子機器が存在していない。あるのは魔石を動力とした魔導具だけ。しかも魔石は数も限られており貴重なため、魔導具も当然高価である。貴族でさえ気軽に買うことはできないのだから一般に普及するのはまだ先の話だ。


 リリスティアは魔導具を撫で、両親を思い出しながら返事を録った。魔導具は翼を広げ、窓の外へと飛び立っていく。頭に似合わず寂しがり屋な父のことだ。返事はきっとすぐに届く。



 この世界──アルマコロンの国で発展しているのは科学でも魔法でもなく、魔石を動力とした魔法科学である。魔石を使えば魔法っぽいことは大体できるのだが、この国の人間には魔力がないのか魔石なしでは魔法が使えない。はるか昔は人間が魔法を使えたと本で読んだことがあるが、おとぎ話だったこともあり真相は不明だ。細々と伝えられてきた魔法の存在を信じた者たちによって魔法科学は生み出され、教育機関ができるまでに成長した。


 魔法科学が生まれるよりも前の話。アルマコロンの国における社会的地位は貴族たちが独占していた。しかし魔石の研究が進み魔法科学が少しずつ勢力を拡大し始めたのと対照的に、貴族たちの権威は落ちていき、今や下手な中級貴族よりも魔法科学に携わる者──とりわけサルディア学園を卒業した人間の方が社会的地位は上であった。


 つまりサルディア学園は国の未来を担う優秀な人材の宝庫だということ。


 婚約者──将来のパートナーはここで見つけるのが最近の流行である。


 乙女たちのキャットファイトが既に行われているとメリルから聞いたリリスティアはそっと身震いをした。


「そういえばいつの間に顔なしになっていたのかしら?」

 

 鏡で確認しても人間の顔が映っているだけだ。


(メリルからも校章の頭に見えているようだし……やっぱりこれの仕業よね?)


 心当たりはこれしかないと、リリスティアは首元をそっと撫でた。真紅の魔石は冷たく、黒いチョーカーによく映えている。 


「……本当の顔なしにならないためにも、必ずヒロインに勝って卒業するわ」


 前世の記憶がなければまた違ったのだろうがリリスティアは自分の頭がないだなんて信じられなかったし、自分が顔なしになるのも御免だった。


 ぱちんっと気合を入れ、クローゼットを開けると明日の入学式のため制服のしわをとった。


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