05 入学式2


 かつん、かつんと静かに音を立て、その人物は演台へと向かう。少しだけざわついていた新入生たちは息を呑み、皆その神秘的な美しさに目を奪われた。


 光輝く王冠は王族の証でそれをかこむように6枚の白い羽が浮かんでいた。その上を回る光る輪は浮き沈みし、男を浮世離れさせている。 

(素顔は金髪碧眼の王子様……。顔がいいからだと思っていたけれど、実物は想像以上にオーラがあるわね)

 言われずとも皆がさっと道を開け、ついに男は演台に辿り着く。


「新入生の皆、君たちがここサルディア学園に入学してくれて大変嬉しく思うよ。僕はこの国の第一王子、ニコラス。君たちの先輩だ」


 柔らかく甘いその声に、男女問わず聴き惚れていた。まさに異国の王子様ボイス。生の破壊力は凄まじい。

「学園長が寝込んでしまってね。急遽僕が代わりに話すことになったのだけれど、いいかな?」

 我に返った生徒が頷いたのを皮切りに、他の生徒も頷いた。

「ふふ、ありがとう」

 その神々しさに目をやられ、一部の生徒は拝むように卒倒した。メリルも眩しそうに顔を手で覆っている。

 

「僕が言いたいのは一つだけだ。君たちには国の未来のためにも勉学に励んでほしい。……期待しているよ」

 短くとも印象的なスピーチに対し、まばらに拍手が起こりやがて膨れ上がった。



 ニコラスが演台を降りようとしたその瞬間、遠くから爆発音が聞こえ、ドスドスという音が向かってきた。


「と、とまってぇ〜〜〜!!!!!」


 暴走するからくり人形オートマタに一人の少女がしがみついている。振り落とされそうになりながらも、巻き込まれまいと生徒たちが開けた道を猛スピードで駆け、演台に向かった。 


「だ、誰か!この上に付いてるキノコみたいなやつ!これを取ってください!!」


 突然の出来事に誰も動けない中、ニコラスは誰よりも早く演台から飛び降り、剣を抜いた。

 

「っ!はあッ!!!」


 ニコラスが剣で切り捨てる。

 すると、ポトンと音を立てオートマタに付いていたキノコのような部品が床に落ちた。


 残されたオートマタは吹き飛び、少女は倒れ込んだ。黒い煙が視界を悪くし、なんだか焦げ臭い。

 

「君は一体……」 

 床に座り込む少女を見て、ニコラスは呆然とした。

 

「いたたた…………」

 

 少女はしゃがみ込み、頭を押さえる。

 少女の柔らかなねずみ色の髪は煙で少し汚れており、リリスティアは少女の顔を見てついに来たかと息を呑んだ。


「えーっと…………あれ?」


 その場にいる全員の視線が己に向かっていることに気がついた少女は冷や汗をかきながら、頬をかいた。


(そういえばこんな感じのプロローグだったわね)

 第三者の視点で見るとこんなに突飛な出会いだったのかとリリスティアは感心する。


 ──ヒロインのお出ましだ。



「あ、あの……ここはいったい…………」


 困惑する少女に助けを求められたニコラスは、はっと我に返り手を差し伸べた。


「ああ、そうだね。……怪我はないかな?」

「えぇっと、はい。大丈夫です」


 少女はニコラスの手をとり立ち上がる。きょろきょろと周囲を見渡すとその人の多さに目を瞬かせた。 


「詳しく事情を聞きたいところなんだけれど、今は入学式の真っ最中なんだ」

「入学式……?はっ!」

 わなわなと震え、少女はしきりに頭を下げた。

「す、すみません……!!まさかこんなことになるとは思ってなくて……!」


 ニコラスは考え込み、頭の輪が下がっていく。


「君は確か……」

「せ、セーラ・リシュッドっ!です!!」

「そう。セーラ。君には後で話を聞かせてもらうよ」


 ひぇえ〜と半泣きになりながら、セーラは小刻みに頷いた。


「ニコラス殿下。あまりそいつを責めないでやってくれ」

「そうだよ。彼女はオートマタを助けようとしてくれただけ。そこに優しさはあっても悪意はない」

「……エリク、カミール」


 いくつもの四角の集合体の頭をした男──エリクと、仮面の頭をした男──カミールがゆっくりと外から入ってくる。 


「どうして式に遅れたのかだとか、オートマタが暴走していたのだとか聞きたいことは山程あるけど…………はあ。君たちに免じて今回は不問とさせてもらうよ」


 ニコラスの言葉にセーラは感極まり、頭が取れそうなほどに頷いた。


「……だけど、オートマタの調査はさせてもらう。カミール、いいよね?」

「好きにすればいい。……というかどうしてそれをオレに聞くんだい?」

「ふふ、どうしてだろうね」


 にこやかに、けれど熱烈に両者の間で火花が散った。その様子をセーラは不思議そうに見つめ、エリクはまたかと腕を組み直した。



 ニコラスが閉会の弁を述べると、生徒たちは各々この場から立ち去った。ヒロインと攻略対象たちの様子も気になるが、概ねプロローグ通りだろうとリリスティアも外へ出ていく。


 リリスティアの後ろを歩くメリルはぎゅっと拳を握り、「……エリク」と呟いた。しかしその声は震えてはいない。


(メリルの憧れの人ってまさか……)


 エリク・スピーシア。並びにカミール・テレサとニコラス第一王子はイケカネの攻略対象の一人だ。


(だとすればメリルはエリクルートのライバルキャラ……?) 


 それなら自分が知らないのも無理はない。

 しかし一つ言えるのは、ヒロインが逆ハーレムの野望を叶えると、必然的にメリルの恋は叶わなくなるということ。これでまた一つ、リリスティアには負けられない理由ができた。


(メリルには幸せになって欲しいものね)


 既にリリスティアはメリルに絆されていた。また今度詳しく話を聞かなくてはと、前世ではあまりできなかった恋バナに心躍らせた。


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